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ユキイロサインは2021年11月14日から2022年3月13日までAJNネットで放映されたドラマ。 スタッフ チーフプロデューサー 南沢幸人(TNG)松井英彦 プロデューサー 桶谷省吾/名塚元彰(#1-6)/本田慶介(#7-16)(TNG)渡瀬一伸/氷川智史/吉田哲彦 (協力P 近藤洋介(TOWA)) シリーズ構成・脚本 小西ひろ子(共同脚本 高澤淳(#1,4,5,14-16)/萩野蘭丸(#3,6,9,11)) 音楽 板倉光司(Cry-Sys) (主題歌 U-nation=羽賀祐樹 松村祐史) 撮影 大津 豊/片山直樹 音声 吉橋幸弥 照明 平野宜和 美術 藤木圭太/浅井和也 編集 岩隈編集室 音効 原田東一 スクリプター 木戸口志保 助監督 磯谷健次/上島 学/西村信彦 演出・監督 桶谷省吾(#1,3,15,16)/名塚元彰(#6)/清水武弘(#9)/今田 英(#11)(TNG)猪妻貴明(シリーズディレクター・#1,2,4,7,14,16)/坂脇俊之(#5,8,13)/内村広治(#10)/福井 浄(#11)(内村と福井は#1演出補)/近藤則嘉(#12) 制作協力 ウイングレット 制作 テレビ信越/サブジェクト エピソード テレビ信越制作となっているが、長野ロケはこの枠では実質初。ただし本来は福島県郡山市(磐梯熱海温泉)や栃木県日光市も候補に挙がっていたが、過疎化した田舎とはかけ離れていたこと(加えて日光市は同時期にアイスホッケーを題材にしたアニメをやっていたこともあった)で他にどこかないかと選定したのが長野県岡谷市だった経緯がある。ちなみに、その後そのアニメに羽賀が関与を断ったことがドラマ放映後暴露されたことで、そのアニメのファン及びモデルとなったクラブの一部ファンからネットで袋叩きに遭う羽目になった。これを受けて羽賀は2023年秋に日光市を舞台にドラマ「氷上のパッシオーネ!」を制作することになった。 「恋ではなく」からちょうど10年と言う節目でもあり、同作で監督を務めた本作シリーズディレクターの猪妻貴明は「今回は僕がチームリーダーという重圧もあるけど、10年の経験をここで伝えられたら」と語った。 助監督はウイングレットからの派遣になったが、チーフ助監督の磯谷健次は翌年には早くも「ザ・ハングタン2023」や前述の「氷上のパッシオーネ!」で監督を務めるなどの活躍を見せている。 TNG番組担当Pが年替わりと共に名塚元彰から本田慶介に交代したが、これは名塚の定年による部分もあり、後(2023年3月末)に名塚はTNGを退社しフリーになった。
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サイス / Scythe #image(ここに画像のURL) 種族 人形 性別 ? 身長 165cm 体重 ?kg 生年月日 ? 人物 勝気で自信満々、好戦的とも言える性格。 道具は使われないと意味がないと考えており、実戦の機会を待ちわびている。 開発初期の名前はクルッジ。 装備 鋸状の刃を持つ巨大な鎌を運用する。 鎌にはフォノンG2という粒子を用いた原理未解析の機構が組み込まれ、鋼鉄や岩盤さえもやすやすと抉り切る。 カタログスペックの上では破断できないものはないとされる。 鎌には射出機構も内蔵され、低速のエネルギー弾体を射出し着弾すると力場を展開、空間を削り取るように崩壊させる。低速といっても初速120m/sはある。 発射時に砲身や冷却機構の展開を行う上、消費も大きいため連発は難しく、砲として安定して運用するには多数の外部ユニットが必要。 脚部外装に衝撃波を撃ち出す機構があり、これにより瞬間的な加速や衝撃による制圧も可能。
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4 目的の迷宮 軍港ロサイスはアルビオン王国の空軍の大部分を擁する一大基地である。 世界樹を用いない人工の発着場は中心の塔から桟橋が四方に伸び、桟橋は一つで大型の船が両側に5隻ずつ並べられるほどの大きさを持つ。今でこそ、内戦に駆り出された船や各地の港の警戒に当たる船でやや寂しくはなっているが、その全てが揃い集まったときの最大で40隻にも上る船が並ぶ様は、この地を踏む者たちの心を掴んで放さない。 空軍だけに着目すれば、アルビオンはガリアに匹敵する戦力を有している。地理的な優位も合わさって、空の戦いにおいては無敵を誇る、とまで言われているほどだ。 ロサイスの規模もそれに見合ったもので、発着場の傍には造船所や兵舎、司令塔といった基地に必要な建物が並び、小さな森を挟んだ内陸側にはそれなりの規模の町が形成されていた。 世界各国に誇れる、巨大基地。それがロサイスである。 だが、それを快く思わない人間達もいた。 事情聴取と元々軍向けに運んでいる積荷を持っているために入港した、マリー・ガラント号。その船内にいるホル・ホース達だ。 「予想以上にデカイな……」 その言葉に、エルザと地下水が同意を示す。 ロサイスの到着間際に船員達に起こされたホル・ホースは、既に目を覚ましていたエルザ達を引き連れ、大砲で空いた穴から顔を覗かせて町の様子を眺めていた。 着陸した船の傍の地面では、やや緊張した面持ちの兵士達があっちこっちをウロウロと歩き回っている。時折こちらを見ているが、視線が会うことは無い。兵士達が見ているのはホル・ホース達ではなく、船そのものであるようだ。 船の積荷は硫黄である。火薬の原料となるそれが幾つか破損した樽から零れて、船内に奇妙な異臭を漂わせていた。 この基地に居る兵士達は積荷がなんであるかを知っているのだろう。内戦という事情と合わせてみると、同じ国の同胞を相手にする武器の存在を心中では複雑に思っているのかもしれない。 見える範囲で、兵士の数はざっと二十人。その全てがこちらを見ているわけではないのだが、積荷を気にしているせいか、視線が途切れることは無かった。 「どうすっかなあ……」 穴から顔を引っ込めて、ホル・ホースは帽子を深く被った。 現在、甲板では積荷の値段交渉が行われている。だが、それと同時にホル・ホース達に対する情報を船長は売っているようだった。空賊の頭を捕まえたとなれば、マリー・ガラント号の船長は株を上げるだろうし、ホル・ホースも叩けば埃が出る身だ。金貨何枚で取引されるか分からないが、あまり良い結果は期待できそうに無い。 しかし、逃げるにしても警戒が強過ぎた。船長が基地の軍人と話をしに行っている今がチャンスなのだが、逃げ場がどこにも無いのだ。 エルザの先住魔法で近隣の敵を眠らせる、という方法も考えたが、港町全体を覆うことなんて無理だし、範囲を限定したところで異変を感じ取られて援軍が来たのでは元も子もない。 「これで、地下水の体が耳長野郎のものだったら、力押しで逃げられたんだが……」 「無いものねだりしても仕方ねえだろ、旦那」 はあ、と溜息を吐くホル・ホースに眉尻を下げて地下水は首を振った。 たとえ、空賊に襲われたときにビダーシャルの体を確保出来ていたとしても、その体に魔力は残っていないだろう。どの道、状況に変わりはない。 「樽の中に隠れる、っていうのはダメなの?どこかに運ばれるのを待つとか」 「博打にしては分が悪過ぎるな。荷の確認の為に蓋を開けられたら終わりだし、重さの違いで確実にバレるだろ」 エルザの意見をあっさりと却下して、ホル・ホースはもう一度、船の穴から外を見る。 歩哨の交代時間だけでも分かれば、ある程度逃走経路なども計算できるのだが、そんな情報が手に入る前に船長は軍との交渉を終えるだろう。 既に何人か、ホル・ホース達を監視するように船員達が船の積荷を運びながらこちらの様子を窺っている姿を見ている。天井を踏み鳴らす音からは、入港する前より遥かに沢山の人数が集まっていることも推察できた。包囲網は、少しずつ狭められているらしい。 「穴でも掘るか……?」 意見が却下されてむくれているエルザの頭を撫でつつ、地面に視線を落とす。 幸いにして、地盤はあまり硬そうには見えない。手で掘るのは無理だが、地下水の魔法を使えば脱出路くらいは何とかなりそうな気がした。 「それも難しいと思うぜ。船底に穴をあけて、土掘って逃げようってんだろ?船が着陸する度に船底で押し固められた土はここから見えている土よりずっと硬いはずだ。例え軟らかかったとしても、風の系統のオレじゃあ長くは掘れねえよ」 淡々と事実を説明する地下水に、いよいよもってホル・ホースは頭を抱える。 どうにも打つ手が見つからない。 ここから一人ずつ目に見える敵を殺す、というのも考えたが、異変に気付いた連中が船に突撃してきたら流石に対処が出来ない。下手に乱戦にでもなれば、火力と数に勝るロサイスの軍人達の方が有利だからだ。 孤立無援の状況下で敵地のど真ん中から脱出する方法がまったく思い浮かばず、焦燥感に駆られてホル・ホースは気が付かない内に貧乏ゆすりをしていた。 「……ねえ、お兄ちゃん。もしかして、絶体絶命ってヤツ?」 まだ現状を正しく理解していなかったのだろうか。 冷や汗を浮かべて尋ねるエルザに、ホル・ホースは頬を引き攣らせて目を泳がせる。 「ええええええ?ウソ!本当に?だって、昼寝までしてたから、何か作戦があるものだと思ってたのに……、なにも考えてなかったの!?」 「う、うるせえ!まさか、こんなに警備が厳重だとは思わなかったんだよ!船の穴を利用して逃げ出してやろうと考えてたのに、ここまで警戒がきついとは……」 直球で責めてくるエルザの言葉に胸を痛めつつ、ホル・ホースは指の爪を噛む。 今までで一番の窮地かも知れない。ガリアのヴェルサルテイル宮殿を攻めた時は、ハルケギニアでも上位の飛行速度を持つシルフィードが居たし、ジョゼフを仕留めれば勝利が確定していた。だが、この場では敵の親玉は見当たらないし、逃げるための足も無い。 まったく、なぜ自分は寝るだなんて選択をしたのか。 ホル・ホースは、数時間前の自分を殴り飛ばしたい気分だった。 そんな時、地下水が唐突に声を上げた。 「あ。なんだ?なんか言ってる」 地下水の言葉に、ホル・ホースとエルザが首を傾げ、続いて耳を澄ませた。 話し声なんて先程から聞こえている。上を見上げたところにある天井の向こうは、もう船の甲板だ。船員達の怒号や話し声が途切れたことなど無い。だからこそ、こうして声を潜めることなく話が出来ているのだ。 新しく動きがあったのかと思ったが、それも無いようだ。聞こえてくるものは、船員達の無駄話やそれを咎める怒号ばかり。中にはホル・ホース達に関する話題もあるようだが、実のある話ではない。 しかし、地下水は首を幾度か縦に振り、うーん、と唸り声を上げて眉を潜めていた。 甲板の様子を聞き取っている訳ではないようだ。 誰かと会話をしているらしいが、傍目に見ると精神的にアレな人にしか見えなかった。 「おい、なんだ?どうしたんだよ」 ホル・ホースが声を掛けると、地下水がチラリと視線を送り、溜息をついた。 「仕方ねえ。他に方法も無さそうだしな。首から上だけは返してやるけど、おかしな真似はするんじゃねえぞ」 いよいよもって危ない人か、と思ったところで、地下水が操る空賊の頭の表情が妙に穏やかなものに変わった。地下水が使っていたときとは違う、上品さを感じさせるものだ。 「ありがとう、というのも変かな?この体は僕の物なのだからね」 口調も変わったことで、ホル・ホースとエルザはやっと地下水が何と話していたかに気が付いた。 「そちらのお嬢さんは始めまして、だね。僕の名前はウェールズ。アルビオン王国第一王子のウェールズ・テューダーだ」 体の大半は未だに地下水の制御下にあるため、ウェールズは目礼だけ紹介を終えた。だが、ぼさぼさの黒髪と無精髭で王子とは、まったく説得力が無い。 そのことに本人も自覚があるのか、軽く笑うと困ったような表情を浮かべた。 ガリアで変な王族に囲まれて生活していたホル・ホースたちは、特にウェールズの驚きもせず、ああそうなんだ、と適当に反応を示して話を進めた。 「テメーの名前なんてどうでもいいんだ。そんなことよりも、地下水が喋らせるってことは、なにか言いたいことがあるんだろう?」 王子と聞いても特に驚く様子を見せないホル・ホースに、自分が信用されていないのかと思ったウェールズは、少し言葉を溜めて、左手の薬指に視線を送った。 そこには不思議な色を湛えた石を台座に嵌めた、立派な指輪が嵌まっている。 「左手の薬指に嵌まった風のルビーが僕の身の証になる。不審に思うなら、それを確認して欲しい」 「そんなもんどうでもいいって言ってるだろうが」 一瞬だけウェールズの左手を見たホル・ホースが、そう冷たく言い捨てた。 身の証と言われても、ホル・ホースたちは鑑定が出来るわけではない。確認したところで真実か否かなんて判断できないのだ。 それを、ウェールズは理解していないようだった。 「いいのかい?僕は、これから君達の命運を分けるかもしれない人間だ。信用するに値するかどうか、確かめるべきではないのかい」 ウェールズの言葉をホル・ホースは鼻で笑う。 どうも、価値観が違うらしい。いや、考え方が違うのだろう。 さっさと話の続きをしたいホル・ホースと自分の立場を明確にしたいらしいウェールズの話は上手く交わらなかった。 仕方なく、ホル・ホースは適当な理由をでっち上げてウェールズを納得させてしまおうと考えをめぐらせる。 そして、ちょうど横にある大砲で破壊された船の壁を見て、口を開いた。 「……確認するまでもねえよ。テメーがアルビオンの王子なら、空賊達の船の扱いが妙に上手かったことにも説明がつく。身分を隠した軍を使っての私掠船もどきだな。大方、通商破壊でも狙ってたんだろう?別に珍しくもなんともねえ、在り来たりな手だ」 王党派は貴族派に押されていると聞いている。その場合、敵の戦力を削ぐには、正面から攻めるより、後方を乱したほうが早い。 人手不足を補うため、また、海賊行為による士気の低下を防ぐため、と考えれば、王子が直接出張ってくる理由にならなくもないだろう。 「なんとも手厳しいね」 不躾なホル・ホースの物言いに、ウェールズは苦笑を浮かべて、はは、と笑った。 王党派の内情は、予想通りだったようだ。 「ほれ、さっさと話を進めろ。この状況を何とかする方法があるんだろうが」 船長が不審者を軍に突き出すのは、恐らく、積荷の取引交渉が終わってからだ。船内に危険人物が居ることを知らせて船内に入る理由を与えてしまえば、積荷に細工をされて取引を不正なものにされる恐れもある。 積荷の量が量であるだけに、すぐに交渉が終わるわけではないだろうが、悠長に話している時間が無いのは確かだ。 ホル・ホースの焦りを感じたのか、ウェールズは自分が信用されたものだという前提を持って話を始めた。 「では、手短に話そう。ここから桟橋が見えるだろう?ロサイスの桟橋は骨組みを露出させた、無骨なデザインになっている。万が一敵に破壊された場合にも、すぐに修復が可能なように構造は単純化され、支柱の内側は殆ど空洞になっているんだ」 遠く見える隣の桟橋を指して、ウェールズが構造の解説を行う。 支柱だけで壁が無いということは、中は吹き抜けで移動が可能だということだ。 「そうみたいだな。だが、中を通って逃げるのは無理だぜ?到着前に見たが、発着場は周囲の施設なんかとは離れてる。船に新しく穴でも開ければ桟橋の中には隠れることは出来るけど、逃げ場はどこにもねえ。それに、この兵士の数だ。柱の陰に隠れたとしてもすぐに見つかるだろ」 顎を向けて船の外を示すホル・ホースに、ウェールズは一度目を向けると、穏やかに微笑んだ。 「大丈夫。桟橋の下の地面は土台造りの関係上、少し低くなっていてね。体を寝かせれば大人でも隠れて移動できるんだ。哨戒任務の確認事項に含まれているけど、実際にそこまで見に来る兵は少ないから、見つかる心配もないだろう。情けない話だけどね」 過去、幾度かの視察や抜き打ち検査の時にでも知ったことなのだろう。兵士達の怠慢は身内の恥のはずだが、それが今は助けとなっていることに、ウェールズは複雑な気持ちを抱いているようだった。 穴から隣の桟橋を睨みつけるように見たホル・ホースは、桟橋の下にある影の具合からウェールズの話が真実であることを確認すると、ヒヒと笑ってウェールズを見た。 「逃げ道は確かにあるんだな?」 その言葉に、ウェールズは力強く頷いた。 「発着場の中心にある塔の中央。その真下に隠された避難経路がある。軍の中でも一部にしか知らされない、秘密の地下道さ。ロサイスからの逃亡や、逆にロサイスに奇襲をかけることにも使える。巧妙に隠されているから、知らない人間には発見は難しいだろうね」 そこで自重気味に笑ったウェールズを見て、ホル・ホースはやれやれと肩を竦めた。 「なるほどね。どこの王様も同じようなことを考えるんだな。オレってば、地下通路には縁が深いぜ」 ガリアにも存在した王族用の逃走経路を思い出したホル・ホースに、ウェールズは少しだけ満足そうな笑みを浮かべた。 「基本を抑えることは戦いを勝利に繋ぐ。兵法の基本だよ。つまり、在り来たりな手こそが必勝の一手なのさ」 自分が言った言葉をそのまま返されたことを知って、ホル・ホースは帽子を押さえて愉快そうにヒヒと笑った。 白い雲の絨毯を滑るように、船が空を飛んでいた。 昨夜の内にラ・ロシェールから飛び立ったものとは別の、アルビオンへ向かう旅客を乗せた定期便だ。 左右を見れば、同じような目的を持つ船が二隻、空を併走しているのが見える。大陸間を行き来する船は、様々な事故や空賊などの襲撃を防ぐため、普段から艦隊を形成して運行することが多い。この艦隊もその例に漏れず、三隻を一つの隊として運用していた。 中央を飛ぶ船の後部甲板にある貴族用のテラスでテーブルを囲んでいるのは、“女神の杵”亭の襲撃を乗り越えて翌朝の出発に漕ぎ付けたルイズ達だった。 太陽は頭上に輝き、鮮やかな青に染まった空には白の国の姿が見えている。 アルビオンを直接見るのは初めてであるギーシュと共に、才人も口をだらしなく開けてその光景を見上げ、隣で偉そうにアルビオンの歴史を語るルイズの言葉を右から左へと聞き流していた。 その様子を退屈そうに眺めている赤い髪の少女が、欠伸交じりに呟いた。 「到着は、まだ時間がかかりそうねえ」 わざわざ早起きをして朝一番の船に乗ったのだが、もう5時間以上も経過している。風向きがいいため、普通よりも早くスカボローの港に到着するだろうと船長から話を聞いていたのだが、まさか、船旅がここまで長いとは思ってもいなかった。 最初は空の景色に歓声を上げていたのだが、天気に変化が無いため、変わらない空の姿にすぐに飽きてしまった。そうなると、やることがまったく無いのが苦痛になる。 「到着は夕方」 「わかってるわよ。ちょっと言ってみただけ」 本から目を離さずに声を発したタバサに、キュルケは投げやりの答えた。 出発前に船長から到着予定時間は聞いている。まだ昼を回ったところなのだから、少なくとも、あと4時間はかかるはずだ。 退屈な時間は過ぎるのが遅い。適当に騒いでいるうちに到着するだろうと思っていた予測が大きく外れた為に、キュルケは暇で死にそうだった。 テーブルに力なく頭を乗せて、甲板の隅で寝転がるグリフォンを視界に入れる。そこには、少し背中の煤けたワルドの姿もあった。 今朝から一度として、ルイズはワルドと視線を合わせていない。話しかけられれば対応くらいはするが、酷く事務的で、倦怠期の夫婦を見ているかのようだった。 “女神の杵”亭での出来事が尾を引いているらしい。まあ、メイジの分身ともいえる使い魔を決闘で散々叩きのめした挙句、婚約者を名乗っておきながら魅力を感じない、なんて言ったのだから、今の関係に落ち着いても仕方がないだろう。 グループの輪から抜けてグリフォンと戯れる魔法衛士隊隊長の姿は、あまりにもあんまりな光景で、見ているこっちが辛くなる。かといって、救いの手を差し伸べる気にもなれなかった。 テーブルに寝かせた頭を逆方向に向けると、キュルケは船と船の間を優雅に飛ぶ青い竜の姿を見つける。 ギーシュの使い魔であるヴェルダンデを口に銜えたシルフィードだ。 巨大なモグラの姿をしたジャイアントモールという種族のヴェルダンデは、人間の大人よりも少し大きい体をしている。それを銜えっぱなしでいるのは流石に圧倒的な体の大きさを持つシルフィードでも辛いのか、手に抱え直したり、足で掴んだりと、工夫を凝らして疲れを逃がしているようだ。 本来なら、ヴェルダンデは連れて行く予定ではなかった。アルビオン大陸は空にあるからモグラが役に立つとは思えなかったし、そもそも、ギーシュからして無理矢理任務に参加した口だ。余計な荷物は少ないほうがいい。 だが、トリステイン魔法学院からラ・ロシェールまで土を掘って追いかけてきた根性とギーシュの懇願にルイズが根負けして、仕方なく同行を許可したのである。キュルケやタバサもついてきてしまったのだから、今更使い魔の一匹や二匹、気にするのもおかしな話だろう。 「なんともまあ、ほのぼのとしてるわねえ」 シルフィードに銜えられたヴェルダンデが、つぶらな瞳をキュルケに向けている。馬すら食料にするシルフィードに銜えられているのだから多少は怯えても不思議ではないのだが、そんな様子は微塵も無い。鼻をピクピクと動かすだけで、あとは落ち着いたものだ。 こんなことなら、自分の使い魔のフレイムも連れてこればよかったかしら? 殆ど遠足気分のキュルケがそんなことを考えて、体を起こした。 今日は、とても良い天気だ。 雲は少なく、日は高い。 夏が近いお陰だろう。船は相当な高度を飛んでいるというのに、肌寒さを感じることは無かった。むしろ、柔らかく吹く風が心地いいくらいだ。 湧き上がる眠気に欠伸をしたキュルケは、何か面白いものは無いかと視線をくるくるとあちこちに飛ばす。 なにか余計なことを言ったらしい才人とギーシュをルイズが叩いているが、それは見慣れた光景なので好奇心を刺激されることは無い。タバサは本に夢中になっているし、ワルドはグリフォンに寄りかかっていつの間にか寝息を立てていた。仲間内にキュルケの遊び相手になってくれる人物は居ないようだ。 視線を他に向けると、キュルケたちのいる後部甲板以外にも、中央甲板や船首のほうには人影が見て取れる。 船に乗っている客はルイズたちだけではない。未だ終わらないアルビオンの内戦に参加しようと、昨夜の騒ぎにも姿を現した傭兵達が何十人と船内で身を潜めているし、戦争を食い物とする商人らしき人物や酔狂な貴族も居るようだった。 ただ、キュルケが暇つぶしにでも粉をかけたくなるような男はいないらしい。 退屈そうに溜息を吐いたキュルケは再びテーブルに突っ伏すと、お腹の辺りに違和感を感じて眉を寄せた。 「……そういえば、お昼よね」 日は頭上にある。昼食を取るにはちょうど良い時間だろう。 才人とギーシュの折檻を終えたルイズがキュルケの呟きを聞いていたのか、これだからゲルマニアの女は下品なのよ、と馬鹿にするように言ったところで、小動物の鳴き声のような音をお腹から響かせた。 「トリステインの女は、お腹がすいたら鳴き声を上げるのね」 「う、うるさい!」 ニヤニヤと笑ってからかうキュルケに顔を真っ赤にしたルイズが歯を剥いて威嚇する。 その横で、別の人物が、きゅう、とお腹を鳴らした。 「……もういいわ。お昼にしましょう」 「……そうね」 顔を真っ赤にするタバサを置いて、ルイズはテーブルの傍に寄せ集めた私物の中から大きな籠を取り出した。 テーブルの上に乗せて籠を覆う真っ白な布を取り払うと、そこにはサンドイッチとワインのビン、それにグラスが人数分入っていた。 朝方、まだ朝食の仕込をしていた“女神の杵”亭のコックに無理矢理作らせたものだ。 一緒に入った小皿をグラスと一緒に並べ、サンドイッチとワインを分けると、ルイズは寝入っているワルドに視線を向けて小さく溜息を吐いた。 立って歩けるようにはなったが、ワルドはまだ怪我人だ。水のメイジの魔法による治癒も万能ではない。失われた体力を回復するには時間がかかるのだろう。 まったく起きる様子の無いワルドから視線を外し、まだ頭を抑えて蹲っている男子二人に声を駆けると、ルイズは自分の席に座り直して両手を組んだ。 同じように、キュルケとタバサも両手を組み、遅れて着席したギーシュもそれに倣う。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今日も我にささやかな糧を与えたもうたことを感謝いたします」 食事の前の祈りの言葉だ。 トリステインは勿論、ゲルマニアにもガリアにもアルビオンにも女王陛下は居ないのだが、こういうのは定例文を使い回すものなので気にしてはいけない。実際、この祈りの言葉を学んだ当初はルイズたちも何度か首を捻ったが、今では気にならなくなっている。 ただ一人、その辺りの慣習に慣れていない才人だったが、もとより祈りの言葉なんて口にしないから気にする様子も無かった。 代わりに日本式の祈りの言葉を口にすると、目の前のサンドイッチに手を伸ばして勢い良く食らいつき、頬一杯に詰め込む。 「こら!もうちょっと上品に食べなさい!」 あまりに多く詰め込み過ぎて具の一部が才人の口の端から零れているのを見たルイズが窘めた。 「もう、世話のかかる使い魔ね!」 見かねてルイズがハンカチで才人の口元を拭うと、才人が顔を向けて頭を下げた。 「もごごもっごご、もごごごもごもぐもぐ」 何を言っているのかさっぱり分からないが、お礼を言っているらしい。 ルイズは顔を少し赤く染めると、そっぽを向いて自分の分のサンドイッチを見つめる。 「か、勘違いしないでよね。べ、別にアンタの為にやったんじゃないんだから。使い魔の食事のマナーにも気をつけないと、主人であるわたしが恥をかくのよ。そ、そうよ、それだけなんだから!」 どんどん赤くなっていく顔をキュルケとギーシュがニヤニヤ笑って見ていることにも気付かず、ルイズは俯いて兎のようにサンドイッチを齧り始めた。 傍から見れば、ただの照れ隠しだ。だが、鈍感な才人は、ルイズの言葉をそのままに受け取って肩を落とすと、残るサンドイッチを片付けに入る。 落ち込んでいるようだった。 「素直じゃないわねえ」 「まったくだ」 ルイズと才人に聞こえないように顔を寄せて呟いたキュルケとギーシュが、互いに苦笑を浮かべて二人の姿を生暖かい目で見守る。 ルイズと才人の関係は、子供同士の恋愛模様に似ていた。 お互いがお互いの気持ちに気付けず、自分が抱いている気持ちすらも良く分からないために、沢山のすれ違いを起こすのだ。 こういうのは状況に任せて放っておくのが一番なのだが、元々悪戯心の強いキュルケとギーシュにそんなことを要求するのは酷というもの。 ニヤニヤとした二人の笑みはどんどん深まり、どうちょっかいを出してやろうかと想像を膨らませる。 その横で、我関せずと自分の分のサンドイッチをいち早く食べ終えたタバサが、籠の中に残っているサンドイッチに狙いをつけていた。 言うまでも無く、ワルドの分だ。 キラリ、と瞳を輝かせたタバサが周囲の状況を確認する。 物足りないからと人の分にまで手を伸ばすのがバレたら、きっと怒られるだろう。それだけはなんとしても回避しなければ。 そういう思考で隙を窺うタバサは、視界の端でゆっくりとこちらに近付いてくる一人の傭兵の存在に気が付いた。 「失礼。もしや、昨晩“女神の杵”亭におられた貴族の方々ですかな?」 ボサボサに伸びた髪と土と血に汚れた服。それに厚みのある鎧を身に着けたむさ苦しい顔の傭兵が、テーブルから三歩ほど離れた位置に立って声をかけてきた。 「……どちら様かしら」 傭兵に顔を向けたキュルケが尋ねると、傭兵は不恰好なお辞儀をして名乗った。 「自分はドノヴァンと申します。つい昨晩、ラ・ロシェールに到着したため騒動には関与しておりませんが、自分の仲間が世話になったようで、一言お詫びをしに参りました」 どこかで見た貴族の仕草を真似ているのだろう。一つ一つの動きがぎこちなく、それでも必死に形を繕っているのが見て分かる。 礼儀を見せようとしている、ということは理解できたルイズたちだったが、それが警戒心を取り払うかどうかと言えば、否と言えた。 昨晩の騒動に直接の関与をしていないと言っていても、それが真実であるとは限らない。 彼は貴族を襲った連中の仲間なのだ。こうして襲った貴族の前に出れば、共犯や連帯責任などの適当な理由で命を奪われることも考えないはずはない。 それでもルイズたちの前に現れたということは、何か理由があるのだろう。 絶対に自分が殺されない確証があるのか。或いは、先に相手を殺すという意思を持っているかのどちらかだ。 テーブルの下に杖を隠したキュルケは、ドノヴァンを追い払おうと口を開きかけたルイズの足を踏んで止め、これから切り出されるであろう用件を問う。 すると、ドノヴァンは厳つい顔に奇妙な笑みを浮かべて、懐から二枚の紙を取り出した。 変色の仕方が違うところを見ると、違う時期に作られたもののようだ。端が同じような破け方をしているから、恐らく、同じ場所に同じ方法で貼られたものなのだろう。 一番近い位置に居たルイズがそれを受け取り、そこに書かれた文字を読み上げる。 「えっと、なになに。……生死問わず、以下の者を捕らえてガリア王に献上せよ。彼の者は王の命を狙った悪逆非道の暗殺者である。賞金は……百万エキュー!!?」 ルイズの叫びに反応したキュルケとギーシュが立ち上がり、ルイズの横に駆け寄った。 「ウソ!?本当に?あ、本当に百万エキューって書いて……って、あら?ここに描かれている人の顔って……」 「どこかで見た顔だね。……というか、うん。昨日見たよ」 覗きこんだ紙の中央に描かれた人物画を見て、キュルケとギーシュはサンドイッチを食べているタバサに視線を送る。 少し冷たいものを含んだ視線を受けて、無関心を貫いていたタバサが顔を逸らした。 「あ!やっぱり、タバサの知り合いじゃないの!!」 誤魔化すようにサンドイッチを食べる速度を上げたタバサにキュルケが詰め寄り、両肩を掴んで激しく揺さぶる。一方で、ギーシュは紙を見つめて何事かを考えた様子を見せたかと思うと、両手を、パン、と叩いて声を上げた。 「そうか!宿を襲撃した傭兵達は、ミス・タバサの知り合いを狙っていたんだ!そう考えれば、彼らが突然動きを変えたのも理解が出来る。うむ、僕らを狙っていたヤツも居たのだろうけど、大半は賞金に釣られた連中だったというわけだな」 納得がいった。とギーシュが神妙な顔で頷いている。 キュルケは未だに視線を逸らしているタバサを睨みつけると、鼻先が触れ合うほどに顔を近づけて聞いた。 「タバサ。もしかして、知ってた?あの人たちが賞金首だってこと」 「……知らない。それは本当に知らない」 首をぶんぶんと横に振るタバサに疑惑の目を向けるキュルケは、タバサの顔を両手で挟んで動きを止めると、その瞳をじーっと見つめた。 タバサのこめかみに脂汗が浮く。 「もう一度聞くわ。……知ってたわね?」 剣呑な空気を詰め込んだ言葉に、タバサはとうとう首を縦に振った。 やっぱり、と呟いてタバサから離れたキュルケは、腰に両手を置いて悪戯をしている子供を見つけた母親のような顔になった。 「どうして隠してたの!あらかじめ知っていたなら、昨晩の襲撃事件だって他に対処の仕方があったと思わないの?タバサの交友関係に口出しするつもりは無いけど、そういう大事なことを隠したりしないで欲しかったわ」 過ぎたこととは言え、一時は命の心配だってしたのだ。このくらいの物言いはしてもいいだろうと、見ているルイズたちもキュルケを止めようとはしなかった。 だが、タバサは口を塞いでいたサンドイッチを飲み込んで、キュルケの言葉に首を横に振る。 「違う。賞金首だったのは昔の話。わたしが知っているのはそのときのことで、今も賞金首だとは聞いてない」 その言葉にキュルケは目を丸くすると、振り返ってドノヴァンの姿を目に映した。 「どういうことよ」 賞金首が過去のことなら、出された紙はただの誹謗中傷の類となる。 そんなものに振り回されたのかという怒りもあったが、それを今見せる意味が一体なんなのかを確かめるのが先だと、キュルケはしたり顔のドノヴァンを睨み付けた。 「まあ、落ち着いてください、貴族様。もう一枚の紙を見て頂ければよろしいかと」 ドノヴァンの手がルイズの持つ紙を指し示す。 紙は二枚あるのだ。なら、もう一枚の紙に真実が書かれているのだろう。 キュルケはルイズから賞金首の張り紙を奪い取ると、後ろに重なっているもう一枚の紙を上に乗せて、そこに書かれている文字を読んだ。 「……生死問わず、以下の者を捕らえてガリア王に献上せよ。彼の者は王の命を狙った悪逆非道の暗殺者である。賞金は10エキュー。ガリアの名において、それを保証するものなり」 「まったく同じ文じゃないの!」 ルイズが立ち上がり、同じようにギーシュも抗議の目をドノヴァンに向けた。だが、話について行けずにワインをチビチビと飲んでいた才人が首を捻って、先程の手配書との違いを指摘した。 「10エキューなのか。凄い下がり方してるな」 すぐには才人の言葉の意味が理解できずに食って掛かりそうになったルイズは、はっとしてキュルケに顔を向ける。 「じゅ、10エキュー?百万じゃなくて、10なの?」 「……そうみたいね。金額の項目が凄く寂しくなってるわ」 もう一つの手配書をキュルケが差し出すと、ルイズとギーシュがそれを睨みつけるように見た。 確かに、10エキューと書いてある。文章は使い回しらしく、数字の部分だけに空間が空いているせいで余計に金額の小ささが浮き彫りになっていた。 「えっと、罪状は一緒なのよね?だったら、なんでこんなに金額が下がってるわけ?ガリアの王様と裏取引でもしたの?」 ルイズの疑問ももっともだろう。事情を知らない人間にとっては、さっぱり理解できない値動きだ。 しかし、裏取引ならこんな中途半端な額ではなく、いっそのこと賞金そのものを取り下げるのではないか。 そんな疑問に答えられそうな人物が一人だけ居るために、自然と注目は一人の人物に集まった。 「タバサは事情を知ってるわよね?」 キュルケの問いに、タバサは小さく頷く。 しかし、その口からルイズたちの期待するような言葉が飛び出すことは事は無かった。 「今は話せない。いつか話せる日が来るから、そのときまで待って欲しい」 その言葉に、キュルケは仕方無さそうに肩を竦めてタバサの頭を撫でた。 「あなたがそう言うなら、きっと深い訳があるんでしょうね。でも、いつか必ず話しなさいよ」 もう一度、タバサが頷いた。 「……で、結局なんなんだい。君は昨日の事件を振り返ってあれこれ話すために、ここに来たわけじゃないんだろう?」 話がわき道にそれたという自覚があるのか、ドノヴァンはギーシュの言葉に苦笑いを浮かべてボサボサの頭をかいた。 「へへ。とりあえず、自分達が貴族の旦那方を狙ったわけじゃないってことだけ、覚えておいて欲しかったんですよ」 要するに、無罪を主張しているわけだ。 だが、そんなことを主張しなくても、昨晩の襲撃に係わった傭兵たちを司法が裁けるわけではない。傭兵たち一人一人の顔や特徴など覚えていられるはずが無いのだから、自然と襲撃事件は闇へと葬り去られるだろう。 なら、狙いは別にある。 「それ以外にも、何かあるんじゃないの?」 タバサの頭を撫でながらキュルケが尋ねると、ドノヴァンは卑屈な笑いを浮かべてタバサに視線を合わせた。 「その賞金首、貴族様と一緒に居たんでしょう?それはちょいと、不味いんじゃねえですかい?なにせ、その賞金首は王族を殺しかけて追われているヤツだ。もし、そんなヤツと親しいなんて知られたら……」 そこで言葉を止めたドノヴァンに、ルイズたちは顔を真っ青にした。 実際に王を殺してはいないとはいえ、暗殺者と一緒に居るということはそういう目的を持っていると思われても仕方がない。誰の暗殺を目的としているかなんて、ホル・ホースが追われている理由を考えれば一目瞭然だ。 これが公になれば、ルイズたちは王家に反旗を翻そうと画策する逆賊と呼ばれるだろう。 タバサはまだ良い。元々そういうことを計画していたし、ジョゼフ自身にもそれは知られていることだ。今更、ガリア王家が何かを言ってくることは無いだろう。 だが、ルイズ、ギーシュ、キュルケの三人は別だ。特に、キュルケの故郷、ゲルマニアの皇帝は力でのし上がってきたタイプの王であるために、反逆の意図があるなどと思われればどうなるか分からない。 ルイズやギーシュは、天国か地獄かのどちらかだろう。 王女から直接賜わった任務を成功されば、いくらか言い訳の材料が生まれる。逆に、もしも失敗でもしようものなら、スパイの烙印を押されて絞首刑だ。任務の内容が知られている原因がルイズたちにあるのではないかと疑われれば、もう反論の余地が無くなる。 才人はルイズと運命を共にするとしても、その一方で、ワルドは場合によっては言い逃れが出来るかもしれない。 件の暗殺者と決闘をして重傷を負ったという事実は、彼の身の潔癖を証明するのに都合の良いものだ。説得力は十分ではないが、運が良ければ無罪を勝ち取れる可能性もある。 ルイズたちがホル・ホースと一緒に居た時間はたったの一日であるため、一緒に居たと証言できる目撃者は多くないだろうし、ドノヴァンの言うようなことに気付く者は更に少ないはずだ。 ならば、ここでドノヴァンを口封じすれば、ルイズたちは疑いをかけられずに済む。 そう。口封じをしてしまえば、全ては丸く収まるのだ。 真っ先に杖を構えたギーシュが、ドノヴァンを睨みつける。 「おおっと、待った!そういう危ないものはしまって貰うぜ。オレは仲間の代表で交渉に来ただけだ。オレに手を出せば、仲間が事実を言いふらす。こっちにもメイジはいるからな、全員どうにかしようってのは考えないほうがいいぜ」 その言葉に、ギーシュは呻いて杖を下ろした。 「……要求はなに?」 沈んだ表情でそう言ったルイズに、ドノヴァンは満足そうに笑みを深めた。 下品な笑みだ。最初に取った不細工な礼儀は、ルイズたちを馬鹿にしていたのだろう。 「へ、へへへ」 厭らしい笑みを浮かべたドノヴァンがゆっくりと近付き、テーブルの上に置かれた中身の残っているワインビンに手を伸ばした。 赤い液体がドノヴァンの口に注がれ、喉が大きく鳴り響く。 「うめぇ。貴族様ってのは、こんな上手い酒を毎日飲んでるのか?うらやましいねえ」 中身を飲み干したドノヴァンが空になったワイン瓶を放り出して感嘆の息を漏らし、ルイズたちを値踏みするように見つめる。 状況は最悪だ。命を握られたに等しい。 握られた弱みが大き過ぎるのだ。要求されるのが金だけなら構わないし、ある程度の理不尽な条件も、なんとか飲むしかないのだろう。 だが、ドノヴァンが要求したものは、ルイズたちにとって一番譲れないものだった。 「杖を渡せ」 その言葉に、ルイズたちの表情が絶望に染まる。
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前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence― 一方その頃……、造船所の離れに備え付けられた赤レンガの空軍発令所にて、共の者を下がらせたクロムウェルはとある貴族と談笑をしていた。 発令所の一室から『レキシントン』号の雄大な姿を眺めながら、これからの計画について話し合っている。 「……と、いうわけだ、きみには期待をしているよ、艦隊司令長官」 「ハッ! お任せ下さい閣下! このジョンストン、閣下の理想のため、微力を尽くさせていただきます!」 トリステイン侵攻軍総司令官に任命されたばかりのサー・ジョンストンは感激した面持ちを浮かべた。 貴族議会議員でもある彼は、クロムウェルの信任厚い人物である。 クロムウェルはそんな彼を見つめ、にっこりとほほ笑むと、肩を叩き、窓の外の『レキシントン』号を指さした。 「見たまえ、最新鋭の大砲を積んだ最大最強のフネだ。それを筆頭としたハルケギニア最強の空軍艦隊を指揮するのだ、まったく、余から見てもうらやましいことだな」 「わ、我が身にあまる光栄でございます閣下」 クロムウェルは満足そうな笑みを浮かべ、大きく頷く。 「議員、明日は演習だ、きみにも『レキシントン』号に乗り込んでもらいたい、戦場の空気に慣れてもらうためにもな」 「心得ております、いやはや、私ごときがあのような立派なフネに乗りこめるなど……光栄の極みですな」 「そう思ってしまうのも無理はない、実を言うと余もあのフネには圧倒されっぱなしなのだ」 クロムウェルとジョンストンは『レキシントン』号を眺めながら、満面の笑みを浮かべた。 その時だった。 整備を終え、造船所に停泊している『レキシントン』号の舷門の一つが突如として光を放った。 瞬間、ロサイス全体を揺るがす轟音と共に、耳をつんざくような爆発音が発令所全体に響き渡った。 「な! な! な! なぁ!?」 「な、何が起こった?! なにが!」 もはや発令所は大混乱である。 クロムウェルとジョンストン議員は天地がひっくり返ったかの如くパニックに陥り、何が何だか分からないと言った様子で窓の外を見つめる。 そうこうしているうちに、『レキシントン』号の舷門が轟音と共に次々火を噴いていった。 「なるほど、流石は新兵器、大した威力だな」 『レキシントン』号の砲列甲板、一枚の羊皮紙を広げながら、エツィオは呟いた。 足元には警備の為に艦内を警邏していた衛兵達が、皆一様に鋭利な刃物で首を切り裂かれ、或いは急所を貫かれた無残な死体となって転がっている。 ボーウッドを解放した後、まんまと『レキシントン』号の内部に潜入したエツィオは、警備の衛兵を皆殺しにした後、 新兵器の大砲の設計図を奪取し、全ての砲門に大砲を装填し、最初の一発をぶっ放したのであった。 そんなエツィオに腰に差したデルフリンガーがカチカチと音を立てて尋ねる。 「で、今のはどこ狙ったんだ?」 「製鉄所だ、さて次は……」 エツィオはいたずらを仕掛ける子供の様な笑みを浮かべると、あらかじめ狙いをつけていた次の大砲に火を入れる。 ぼこんっ! と船内に轟音が響く、同時に造船所をぐるりと囲んでいた立派な赤レンガの壁が豪快に吹き飛び、一瞬でがれきの山と化す。 最新鋭の大砲から発射された砲弾は、赤レンガの壁をぶち抜くだけにとどまらず、とある建物に突き刺さった。 同じく赤レンガでできたその建物は、豪快に消し飛び、中にいたであろう人間の怒号と悲鳴がきこえてきた。 「今のは?」 「衛兵駐屯地」 エツィオは淡々と答えながら次の大砲に火を入れる。すると今度は、隣の港に停泊する一隻の軍艦に突き刺さった。 どうやら火薬庫に着弾したのだろう、『レキシントン』には遠く及ばないが、それでも立派な造りの軍艦は盛大な炎を吹き上げると爆沈していった。 それをみたエツィオは、しめたとばかりに軍港方面に面した大砲に次々火を入れてゆく。 ぼこんっ! ぼこんっ! ぼこんっ! と腹の底に響くような大砲の炸裂音が連続で鳴り響く。 『レキシントン』号から放たれた砲弾は空中で散弾となり、雨あられと化しロサイスの軍港に降り注ぐ。 多くの戦列艦が停泊していた軍港は一瞬で炎上し、まさに地獄絵図と言っても過言ではない様相を呈していた。 「……すごい威力と射程だ……既存の大砲とは比べ物にならないな……」 あらかた大砲を打ち尽くしたエツィオは、そのあまりの威力に苦い表情で呟くと、手にした羊皮紙を見る。 どうかこれ一枚であってほしい……、エツィオはそう祈りながら、照明用の松明に羊皮紙を投げつける。 「すまないな、ミス・シェフィールド」 口元に皮肉な笑みを浮かべながら、エツィオが呟く。 炎はあっという間に燃え上がり、アルビオンが誇る最新兵器の設計図を灰へと変えた。 「おい! 貴様! そこでなにを――がっ……!」 「あ、お、おま――かっ……」 『レキシントン』号の異常に、おっとり刀で駆け付けた衛兵達が、エツィオのいる砲列甲板へと踏み込む。 その瞬間、二人の首に、深々と投げナイフが突き刺さる。 どさり、と二人の衛兵はまるで糸の切れた操り人形のように、甲板に横たわる死体の仲間入りを果たす。 「そろそろ頃合いだな」 エツィオは、衛兵達が集まりつつあることを悟ると、 階段を下り、『レキシントン』号の心臓部……、風石が満載された機関部へと降りて行った。 一方その頃、『レキシントン』号の甲板では、砲撃を免れ、なんとか生き残った衛兵達が、船内に突入すべく集ってきていた。 「生き残りはこれだけか?」 「はっ、現在戦闘可能な人員はこれだけであります、他は負傷者の搬送や消火作業で手がふさがっている状況です」 「くっ……なんということだ……、中で何が起こっている……!」 衛兵隊長が、甲板に集った衛兵達を見つめて、苦い顔で呟いた。その数は僅かに十数名。 駐屯地や詰所、それらを砲撃され、ロサイスに駐屯していた兵は、まさに全滅と言ってもよい程の被害をこうむっていた。 「くそっ! 総員突入準備! 侵入者を生かして帰すな!」 衛兵隊長が命令を告げた、その時だった。 甲板と船内を繋ぐ、唯一の入口である両開きの扉が、ぎぃっ……と、軋むような音を立てて開いた。 そこから現われた人物をみて、衛兵達は一瞬、言葉を失った。 開かれた扉から現われたのは、白のローブに身を包んだ、フードを目深に被った若い男だった。 左肩には、もとは鮮やかな紫色だったのだろう、血で赤黒く変色したアルビオン王家のマントを纏っている。 その男は、甲板に集まった衛兵たちなど、最初から眼中にないとばかりにゆっくりと歩を進めてゆく。 左右に分かれた衛兵達の間を悠然と歩いてゆくその姿は、まるでモーゼが別った紅海を進んでゆくようだ。 しばし呆然とその男を見つめていた衛兵達であったが、やがて我に返った一人の衛兵が叫んだ。 「アサシンだ!」 その言葉に他の者達もようやく我を取り戻したのであろう。 メイジであるものは杖を引き抜き、そうでないものは、槍や剣を構え、アサシンを取り囲んだ。 円を描くよう周囲を取り囲まれたアサシンは、やがてゆっくりと足をとめた。 「この騒ぎの首謀者は貴様か! アサシン! ただで済むと思うな!」 衛兵隊長が杖を突きつけながら、アサシンを睨みつける。 目深に被ったフードから覗くアサシンの口元に、僅かに笑みが浮かぶ、その時だった。 アサシンの右手が、すっと差し出される、そしてその手に持っているものをみて、衛兵達は目を丸くした。 手にすっぽりと収まる大きさの球体。 「ば、爆弾だ!」 衛兵のうちの誰かが叫んだ、衛兵隊達がひるみ上がる、その瞬間、アサシンがその球体を力いっぱい地面に叩きつけた。 「――ッ!? なっ!」 ボンッ! という破裂音と共に球体から勢いよく煙が立ち昇る。 アサシンがもっていた物は、爆弾ではなく煙幕弾であった。辺り一面が真っ白な煙が包み込む。 それを吸い込んだ衛兵達は思わず咳き込んでしまう。 一人の『風』のメイジが、なんとか呪文を唱え、風を巻き起こす。煙が吹き飛ばされ、辺りを包んでいた煙が晴れた。 ようやく視界が確保された衛兵達はアサシンがいた場所を睨みつける。 しかし、そこに立っていたアサシンは、やはりというべきか忽然と姿を消していた。 「いない! ど、どこに!」 「ぐっ……や、奴はどこだ!」 「くそっ! どこに消えた!」 「まだ遠くに入っていない筈だ!探し出せ!」 まるで小馬鹿にするようなアサシンの手口に、衛兵達は怒りに顔を真っ赤に紅潮させながら周囲を見渡す。 そして一人の衛兵が、『レキシントン』号の船首に立つアサシンを見つけた。 「いたぞ! 船首だ!」 船首の先端に立ち、こちらを見下ろすアサシンを再び取り囲む。 アサシンの背後は地面が待ち受けている、『レキシントン』級の大きさともなると、その高さは優に数十メイルにも及ぶ。 メイジでもない限り、落ちたらまず命はないだろう。 「残念だったな、逆にお前は袋のネズミになったわけだ」 下を覗き込んでいるアサシンに、油断なく杖を突きつけながら衛兵隊長は言った。 「さてアサシン、お前が選ぶべき道は三つだ、ここで我々の魔法の矢に貫かれるか、吊るし首になるか……」 隊長がそう言った時だった、アサシンはぷいと顔をそむけ、遥か遠くの空軍発令所を見つめた。 それから何か小さく呟いたと思うと、今度はくるりとこちらを向いた。 「ここから飛び降りるか……か?」 するとアサシンは、にやっと笑うと聖人のように両手を大きく広げた。 「ま、待て! 何をする気だ!」 「何を? 決まっている、飛び降りるのさ」 嫌な予感がした隊長は、すぐさま呪文を放とうとアサシンに向け振おうとする。 だが、それよりも早くアサシンは一歩後ろへ足を踏み出した。 「Adieu!」 耳慣れぬ異国の言葉と共に、アサシンの姿が眼前から消えた、その時だった。 『レキシントン』号に凄まじい激震が轟音と共に襲いかかった。 瞬間、内部で巻きあがった巨大な爆風が甲板を突き破り、衛兵達を吹き飛ばした。 その爆発を皮きりに『レキシントン』号の内部から次々と同じような爆発が巻き起こる。 機関部に仕掛けられた大量の爆薬に火が付き、一際巨大な爆発がフネ全体を嘗めてゆく。 巨大なマストは根元からへし折れ、甲板や舷側には大きな穴が開いた。 一瞬でロサイスの軍港を地獄に塗り替えた『レキシントン』号が、自ら吐きだした炎に焼かれてゆく。 明日の演習に備え、船倉で待機していた竜達が、為すすべもなく爆発に巻き込まれ、或いは崩れ落ちる瓦礫に押しつぶされ死んでゆく。 やがて一際大きな爆発が巻き起こる、瞬間、最後の断末魔を上げるように『レキシントン』号は、船体の真ん中から真っ二つにへし折れ……。 造船所に炎をまき散らしながら、轟沈していった。 「安らかに眠れ、『王権(ロイヤル・ソヴリン)』……生まれてきた地獄に帰るがいい」 『レキシントン』号と共に爆発、炎上する造船所を背に、アサシン……エツィオが弔う様に呟いた。 「あ……あ……へぁ……」 気の抜けた声でぺたりと空軍発令所の床にへたりこんだのは神聖アルビオン帝国初代皇帝、クロムウェルその人であった。 からん、と乾いた音を立てながら、手にしていた遠眼鏡が床を転がってゆく。 目の前で爆発炎上する『レキシントン』号を目の当たりにしたせいもある、 だが、最も彼の心胆を寒からしめたものは、その轟沈する直前『レキシントン』号の船首に立っていた白衣の『アサシン』であった。 あのアサシンは、飛び降りる直前、確かにこちらを向いた、そして奴の口は、こう動いていた。 ――『次は、お前だ』 クロムウェルは、自分の身体が震えていることに気がついた。 それは恐怖から来る震えであることにすぐに気がついた。 ワルド子爵のみならず、政府高官たちを次々闇に葬っている謎のアサシンが、遂に自分を捉えたのだ。 間違いない、奴は自分の命を狙っている。ようやくその実感がわいた途端、恐怖で歯の根が合わなくなった、ガチガチと歯が音を立てる。 「ひ、ひぁああっ!」 情けない悲鳴を上げながら、たまらず机の下にもぐりこみ、頭を抱える。 ガタガタガタとクロムウェルは恐怖に打ち震えた。そこにいるのは、虚無の担い手でも、ましてや神聖アルビオン共和国初代皇帝でもない……。 ただの、無力な男の姿であった。 翌日……。 ロサイスが壊滅的被害を被ったとの報せを受け、貴族議会の緊急招集が、深夜にも関わらず唯一無事だった施設、空軍発令所にて行われていた。 本来はロンディニウムのホワイトホールで行われるものであるが、クロムウェルが指令室にこもり一歩も外に出ようとしない有様であったため、 仕方なくここ、空軍発令所で行われていたのであった。 無論、議員達には、ロサイスにはまだアサシンが潜んでいる可能性があり、皇帝の御身第一という説明がなされていた。 発令所の指令室では、ホワイトホールの椅子に比べると遥かに座り心地の悪い木の椅子に腰かけ、 これまた使い古された長方形の木のテーブルを囲みながら、神聖アルビオン共和国の閣僚や将軍達が激論を戦わせていた。 本来戦時中に用いる指令室であるためか、灯りは必要最低限のものしかなく、テーブルの上の燭台だけが、辺りを僅かに照らしていた。 「……以上が、ロサイスの被害状況です」 「ふ、ふざけるな! 警備は一体何をしていたのだ!」 報告を聞いた年若い将軍は、力強くテーブルを叩いた。 ロサイスの被害は甚大だった、旗艦『レキシントン』号を筆頭に空軍の一艦隊を丸ごと叩きつぶされた揚句、衛兵駐屯地、果ては製鉄所まで、 あのアサシンはありとあらゆる軍の主要施設を完膚なきまでに破壊して行ったのだ。 「何故捕らえられない! たった一人だぞ! たった一人のアサシンによって、なぜ我らがこうまで混乱せねばならないのだ!」 「全てはあのアサシンの仕業だ! 奴のお陰で我が軍は大損害だ! 『レキシントン』号だけでも、搭載されていた新兵器に、貴重な竜が三十騎! 駐屯していた兵達は一網打尽にされ、街は瓦礫の山! もはや損害は計りしれん!」 「それだけではない、見ろ! 我らの中にも犠牲者が出ているのだぞ! ワルド子爵を始め、もう三人も我ら貴族議会の同志が奴の手にかかってしまった!」 議員がテーブルを見渡す、最初に議会を開催した時には十五人程人数がいたはずだが……、その人数は彼の言うとおり十二人に数を減らしていた。 一人の肥えた将軍が、怯えるような声で呟いた。 「奴は本当に人か? 兵たちの間にも不安が広がっている、中には奴は『死神』だと噂をする者も……。 不遜にも始祖の末裔たる王家を滅ぼした我々に対し、お怒りになった神が遣わした死の天使だと……」 「なんだと! そんな筈があるものか! 閣下こそが始祖に使わされし『虚無』の担い手であることを忘れたか!」 興奮と怒りに目を血走らせた年若い将軍がどん! と再び力強くテーブルを叩いて立ち上がり、肥えた将軍を非難する。 「あくまで兵達の噂を言ったまでだ! 私の発言ではない!」 「そしてそれを鵜呑みにしているというのか? 冗談ではないぞ! 始祖の加護は我らにある!」 年若い将軍は、熱っぽい目で上座に座るクロムウェルを見た。 クロムウェルは内心恐怖に震えながらも、精いっぱいの威厳を保つために、必死で笑顔を作った。 「……だがそれでも、奴の為に受けた損害は計り知れぬ、奴を止めようとしたが、既に多くの命が失われてしまった……。 一個小隊がたった一人に全滅させられるなど、誰が信じる! 我等『レコン・キスタ』の旗はもはや、あのアサシンにとっては狩るべき獲物の目印でしかないのだぞ!」 「なんとしても奴を止めなければ……このままでは軍団の再編もままなりませぬ」 「ではどうする? 一人の敵に軍勢でも派遣するかね?」 「ぐっ……!?」 「じょ、冗談ではないぞ! たった一人のアサシンを倒すために軍団が動かせるか! それに、奴の居場所も、行動も、素性も! どこに属しているのかすらもわからん! しかもこれからトリステインに攻め込もうとしているというのだぞ!」 「トリステインへの侵攻はどうなる! 予定では一ヶ月後だが、軍団の再編は間にあうのか? 期を逃したら厄介なことになるぞ!」 「資金も人手も足りません! 艦隊の再編が急務かと、資金はどうなっているのですか?」 「我々に融資をしていた銀行家の内何人かは、先日奴に消されたよ……、お陰で、他の銀行家連中は奴を恐れ、我々に融資の打ち切りを申し出てきおった! 税を引き上げようにも、これ以上国民の反感を買うわけにはいかん! どうやってこの損害の穴埋めを行おうというのだ!」 「再編を行ったとしてだ、現存の艦隊だけで、トリステインを制圧できるのか?」 「閣下の『虚無』がある!」 白熱してゆく議論の中、議員の内の誰かがそう叫んだ、全員がクロムウェルを見つめる。 クロムウェルははっと顔を上げると、こほん、と気まずそうに咳をした。 「い、いやなに、諸君らも知っての通り、強力な呪文はそう何度も使えるものではない。 余が与えられる命には限りがある故……そうアテにされても困るのだ」 クロムウェルがそう言うと、どこからともなくため息が漏れた。 さすがにクロムウェルはまずいと思ったのか、立ち上がると、取りつくろう様に言った。 「と、とにかくだ、余も『虚無』の全てを理解しているとは言い難い、余は暫し『虚無』について考えたいと思う。 安心したまえ、『虚無』の担い手たる余が宣言しよう、始祖は必ず、我らをあの薄汚いアサシンから必ずや守ってくださるだろう。 今日のところはこれで閉会としよう。諸君らはいつも通り軍務に励みたまえ」 将軍や閣僚達は、起立すると、クロムウェルに向け一斉に敬礼した。 だが、一人だけ席を立たない人物がいた。 クロムウェルの丁度真向かいの席に座っていた、議論の場で最も興奮していた、年若い将軍であった。 「きみ、どうかしたのかね?」 クロムウェルが、その将軍を見て首を傾げる。 そう言えば、彼は先ほどから急に口を噤み、ずっと俯いてしまっていた。 なにやら身体が小刻みに震えている、何かあったのだろうか? 他の閣僚や将軍達もそれに気がついたのだろう、皆がその年若い将軍を一斉に見つめる。 「……なぜ立ち上がらない?」 誰かがそう呟いた、その時だった。 年若い将軍は、テーブルに両手をつくと、ゆっくりと立ち上がり、俯いていた顔を上げる。 その時だった。 「……ぁ――」 中腰の体勢まで立ち上がった途端、年若い将軍は、ぐるん、と白目をむく。 そのまま糸が切れるように、ばたりとテーブルに倒れ伏した。 彼の背中には、一本の短剣が柄の部分まで深々と突き刺さっていた。 「アサシン!」 議員の誰かが叫んだ。 その瞬間、指令室は大混乱に陥った。 「どっ……どこだっ! どこに……っ!」 「ひっ、ひぃいいいい……!」 「しっ……死神だ……奴はやはり死神だったのだ! あぁ……し、始祖ブリミルよ! お、お許しください! 罪に塗れし我らをどうかっ……!」 悲鳴と嗚咽が混じる中、ある者は杖を引き抜き、ある者は神に助けを乞う。 そんな中、ようやく内部の異常に気がついたのか、外で警備をしていた衛兵が飛び込んできた。 「な、なにが――あ!」 中に飛び込んだ見張りは、テーブルの上に倒れ伏した将軍の死体に言葉を失った。 議員達のほとんどはパニックに陥り、指令室はまさに混乱と恐怖に支配されていた。 とにかく落ち着かせよう、そう考えた衛兵は、杖を振り回り狂乱状態に陥っている一人の議員に近づいた。 「ど、どうか落ち着いてください! 我々が付いています! ここは安全です!」 「安全? 安全と言ったか! この無能め! 現にここで一人殺されたのだぞ! それもたった今! 我々の目の前でだ!」 衛兵に諌められ、激昂した議員……、トリステイン侵攻軍総司令官、サー・ジョンストンは喚きながら衛兵に掴みかかった。 「どうか冷静に! ここでパニックを起こしては奴の思う壺です!」 「冗談ではないぞ! すぐにここから出せ!」 「ま、まだ危険です! ここにいてください! あとは我々がアサシンを追いかけます!」 その言葉に、ジョンストンは益々激昂したのだろう、振り回していた杖を衛兵に突きつける。 「もしや貴様があのアサシンを手引きしたのか! そうなのだな!」 「っ! 一体何を言っているのです! なぜ私がそのような真似を!」 「ええい黙れ! そこをどけ!」 「な、何を――! ぐぁあっ!」 ジョンストンの杖から魔法の矢が放たれる。 至近距離でそれを受けた衛兵は、胸板から血を垂れ流し、ばたりと倒れ伏す。 半狂乱になったジョンストンは、そのまま指令室を飛びだすと、一目散に走り出した。 「ど、どこへ行かれるのです!」 「決まっておろう! 逃げるのだ! この中にアサシンがいるのだぞ!」 ジョンストンが向かった先は、発令所の外に設けられた馬留めだった、 馬に跨ったまま、再び衛兵たちともみ合っている。 「お待ちを! 危険です! ここは我々と共に行動してください!」 「黙れ! 貴様もアサシンか! ならばここで成敗してくれるわ!」 馬に跨ったまま杖を振い、魔法の矢で衛兵の胸を貫く。 倒れ伏した衛兵をみて、邪魔がいなくなったジョンストンは、馬に鞭を入れ、馬首を上げると、 空軍発令所から夜の闇へ向け、一目散に駆けだした。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 どれくらい馬を走らせただろうか、一心不乱に馬を駆りロサイスから脱出したジョンストンは、ちらを周囲を見た。 周囲はひらけた街道である。深夜だからか、あたりには人の気配はなく、聞こえるのは自分の呼気と馬の蹄の音だけだ。 頭上に輝く二つの月だけが、明るくジョンストンを照らしている。 「た、助かった……」 ジョンストンは安堵のため息をつくと、馬の首にもたれかかった。その時だった。 自分の背後、はるか遠くから、馬の蹄の音が聞こえてくる。 心配した衛兵が追ってきたのだろうか? 丁度いい、その者にロンディニウムまで護衛してもらおう。 幾分か冷静さを取り戻した頭でそう考えながら、後ろを振り返る、そして、驚愕した。 その人物は、衛兵の制服を着てはいなかった、代わりに白のローブを身にまとい、同じく白のフードを目深に被っていた。 その左肩には、今は亡き王家の紋章が刺繍された赤黒いマントが風に翻っている。 二つの月を背にこちらへ馬を走らせてくるその姿は、まさに冥府から来たりし『死神』を連想させた。 「ひィッ! ひぃいいいいい!!!」 その姿をみたジョンストンは、再び恐怖に半狂乱になり、馬に拍車を入れ、再び街道を掛けた。 杖を引き抜き、背後から迫る死神に向け魔法を放つ。 だがそのどれもが当たらない、死神は絶妙な馬さばきで魔法をかわし、徐々に距離を詰めてくる。 「あ、あぁ……か、神よ! 神よ! どうか! どうか助けて! 助けて! 助けてぇ!!」 迫りくる死の恐怖に、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、必死に馬を駆る。 だが死神はジョンストンの恐怖を煽る様にゆっくりと距離を近付け……、そして遂に並走を始めた。 死神は馬上で立ち上がると、まるで軽業師のように、並走するジョンストンの馬に飛び移る。 そのままジョンストンの跨る馬に飛び乗り、ジョンストンの肩を掴むと、無防備になった頸椎目がけ、アサシンブレードを叩きこんだ。 「去れ! 悪魔め!」 「……死神には敬意を払ったらどうだ?」 「頼む! 助けてくれ! し、死にたくない!」 「いや、ダメだ」 死に瀕したジョンストンは涙を流しながらエツィオに懇願する。 だがエツィオは、彼を見下ろしたまま、冷たく言い放った。 「汝が死は無為には非ず――眠れ、安らかに」 エツィオは死体となったジョンストンの頸椎からアサシンブレードを引き抜くと、無遠慮にジョンストンの死体を馬上から街道に放り投げる。 そのままジョンストンが乗っていた馬に跨ると、エツィオは一陣の風のように街道を駆け抜けていった。 今までの追跡劇がまるで嘘だったかのように、真夜中の街道に静寂が戻る。 無残に打ち捨てられたジョンストンの死体を、二つの月が優しく照らしていた。 前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence―
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セルジュ・ボロー (神魔の覚醒) CHARACTER CH-031 黒 3-3-0 C (自動B) このカードは敵軍ユニットにもセットできる。 (自動A) このカードのセットグループは、リロールフェイズの規定の効果でリロールしない。 ボトムズ系 男性 大人 [0][0][0] 出典 「装甲騎兵ボトムズ」 1983
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ボロール(カビ) 登場作品:ミシュガルドを救う22の方法
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【名前】サイス 【性別】男 【年齢】13 【風貌】アルビノの小柄な少年。中性的な顔立ち。黒い外套に身を包む。 【技能】 『武器術:大鎌』 身の丈を優に超える大鎌を不自由なく扱える程度の技能。 『影参ツ繰』 自身の影を操作する能力。 最大面積1平方メートルまで広げることができ、4つまで分割して別々に操作可能。 レンジは自身を中心に半径10M、脚の接地面を基準に上下3Mまでの範囲内。 影は物体の表面を伝う様に常人の走る程度の速度で移動する。 厚さを持たない為、僅かな隙間さえあれば範囲内の何処にでも到達できるだろう。 但し空中、及び地続きでない場所への移動はできない。 この影の操作から更に3つの技へと派生する。 ≪壱・影結≫ 自身及び所有物に限定し、操作する影と影とをゲートの様に繋げる。 移動は一瞬に行うことができ、腕や鎌のみといった部分的な移動も可。 相手の攻撃等は対象外の為反射技の様には使用できない。 ≪弐・影縛≫ 操作する影に触れている物を対象とし、影を鎖に変化させ其れの動きを封じる。 大型の魔物でも千切る事の出来ない程の強度を持つが短時間(具体的には1レス)で効果が切れ、元の影に戻る。 ≪参・影隠≫ 自らの所有物にのみ限定し、影と影の狭間の空間に保管することができる。 影から入るサイズの物ならば幾らでもしまうことができるが飽く迄所有物に限定される。 自身は対象外の為戦闘離脱などには使用できない。 【装備】 『大鎌』 長さ2M、刃渡り50cm程の鉄製の大鎌。普段は影の中にしまってある。 【概要】 魔物の侵攻により生まれ育った村を滅ぼされた少年。魔神、魔物に対して憎悪を抱く。 フリーランスで魔物の討伐を請け負いながら彷徨うように旅をしている。 通常魔物相手ならば渡り合える程度の戦闘能力。 淡泊な印象だが単純に人付き合いに慣れていないだけであり存外人懐こい面も持つ。
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前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ ロサイスに対する奇襲作戦は成功し、トリステイン・ゲルマニア連合軍は遂にアルビオン大陸に上陸する。 ダータルネスに艦隊が出現したとの急報を受け、3万の兵を率いて首都ロンディニウムから北上したホーキンス将軍は、 青空へゆっくりと消えていく幻影の艦隊を見て愕然とした。 とは言え、ロサイスからアルビオンの中心部に位置する首都までは300リーグあまり。 細長い大陸を縦断する街道はあるが、途中いくつもの都市や要塞があり、 すぐにアルビオン全土を制圧するわけには行かないだろう。 特にロサイスとロンディニウムの中間点、古都サウスゴータには亜人混じりの革命防衛軍がいる。 水際防衛線があっさり破られた以上、そこで押しとどめねばなるまい。あるいは今度こそ北から回り込んでくるやも知れぬ。 ホーキンスは下唇を噛み締め、ダータルネスの防備を固めさせてからロンディニウムへ戻った。 松下とルイズは3隻の『千年王国艦隊』に戻り、ロサイスへ向かう。その船室で、二人は戦況報告を受けていた。 「ロサイス上陸作戦では、味方の損害は比較的軽微だったようだな。教団兵にもさしたる死傷者はいない。 我々の陽動も功を奏したが、ゲルマニア軍にも新兵器があったというし」 「ふーーーっ、とにかく休みたいわ。『虚無』の魔法は強力で独特だけど、魔力の消耗が激しいのよ。 まだ私は『虚無のドット』ってとこね……」 「ふむ、『虚無』か。伝説によれば、始祖ブリミルには四人の僕がおり、 三人の御子と一人の弟子が指輪と秘宝を授かり、四大王国を作ったと言うが……」 「そうよ。三人の御子はガリア・トリステイン・アルビオンの、弟子はロマリアの王。 アルビオンの王統は、今回の革命騒ぎでほとんど途絶えてしまったし、 ロマリアも王国ではなくなって、教皇聖下が治める都市国家連合になったけど。 ゲルマニアはブリミルの正統を引いていない、成り上がりの集まりよ」 「四人の僕と王国の祖は、違うのだな? 疲れているところ悪いが」 ルイズは怒りもせず、溜め込んだ知識を披露する。実技以外では、彼女は優等生なのだった。 「ちょっと横にならせて。……いろんな説があるけど、まあ、そうでしょうね。 王国の祖が『虚無の担い手』で、四人の僕は『虚無の使い魔』よ。私とあんたみたいにね。 あんたは『神の右手、神の笛』ヴィンダールヴだったわよね? 他には『神の左手、神の盾』ガンダールヴ、これはあらゆる武器の使い手。 『神の頭脳、神の本』ミョズニトニルン、これはあらゆる魔法具を操るそうよ。 もう一人は『名を記すのも憚られる』として、失伝しているらしいわ」 「ふうむ……笛と盾と本、もう一つ、か。四大王国に四大系統、四つの指輪に四つの秘宝。 四人の『虚無の担い手』に四人の『虚無の使い魔』……」 「メシア、ミス・ヴァリエール、もうすぐロサイスに到着します。ご準備を」 シエスタとマルトーが伝令に来た。さて、ロサイスからアルビオン本土をどう攻めるか。 戦いは、これからが本番だ。 一方、その日の深夜。1隻の小さなフリゲート船が、アルビオンから密かにトリステインへ降下していた。 傭兵メンヌヴィルとその部下たち、ベアードやフーケを乗せた、奇襲用のフネだ。 「よーし、どうにか警戒線を抜けたぞ。攻めている側は、案外自分が攻められるとは思わんものなのかな。 ……いや、学院上空には、やはり探知結界が張ってあるな。直接侵入は出来ない。 付近の森林に空き地がある、そこに降ろそう」 操船しているのは、風のスクウェアメイジ・ワルド子爵……に取り付いた、妖怪バックベアードだ。 暴走しかねないメンヌヴィルの目付け役であり、情報収集も担う。 彼の周囲には小さな黒い球体がいくつも漂っていた。それには各々『魔眼』が付き、ベアードの視覚とリンクしている。 到着を前に、メンヌヴィルは檄を飛ばし、部下の士気を高める。 「さあて、野郎ども! 目的はトリステイン魔法学院の制圧と衛兵の始末、 そして貴族のメスガキと教師どもの生け捕りだ! なるべく殺すなよ! 制圧が完了したら、人質以外は殺すなりなんなり、好きにしろ」 うっひひひひひ、と下卑た笑いが起きた。 「……あのさあ、一応レディの目の前で、そういうセリフは自重してくんない?」 「そりゃ悪かったな、『土くれ』のフーケさんよ。まあ、荒くれをまとめるにゃこれが一番さ。 俺は盗みや犯しはしねえ、焼き殺すだけだ。老若男女、平等にな」 ベアードが振り向き、メンヌヴィルに尋ねる。 「好奇心で聞くんだが、なぜそんな物騒な性格になった? 生まれつきか?」 「そうじゃあねえ、この目玉が焼かれちまってからさ……」 到着するまで、ちょっと昔話をしよう。 元々俺はトリステインの下級貴族でね、アカデミーの『実験小隊』ってとこに士官として所属していた。 あんたのいた魔法衛士隊みてえな華やかな仕事じゃねえ、ま、裏方の何でも屋だ。 あれはもう20年も前になる。俺は二十歳になったばかりだった。 トリステインの北の海岸に、ダングルテール(アングル地方)って小さな漁村があった。 アルビオンからの移民が住み着いていた、ちんけで辛気臭ぇ村だ。牡蠣を拾うぐれえしか金目のものはねえ。 で、上の方から、そこで疫病が流行っているから『焼き尽くせ』って命令がきた。 疫病、確かにそうさ! そこは新教徒の巣窟だったんだ。まあ、俺は神様なんぞ信じちゃいねえが。 ……でよ、隊長が俺より少し年上の男だったんだが、こいつが凄い。 酷薄非情で狙った者は皆殺し、火を使うくせに酷く冷てえ、蛇みてえな奴だった。 そのダングルテールを焼き滅ぼしたのも、そいつなのさ。それも一人で! ああ、今でもあの美しい炎の竜巻が、脳裏に浮かぶぜ。夜の海に映って、すげえ綺麗だった。 それにあの、たくさんの人間が焼け焦げる香りと来たら! 何にも代えられない、素晴らしい芳香だった! お蔭で俺は、すっかりイカれちまった。隊長のことが大好きになって、思わず焼き殺したくなった! 咄嗟に杖を向けて、呪文を唱えた。次の瞬間、俺の目玉はこの通りさ。 フーケが、実にいやそうな顔をしている。 「……酷い話だね。よく殺されずに済んだもんだ。まぁ、あんたがイカれてるってのはよーく分かったよ」 「へへへ、こういう仕事は、ちょっとイカれてねえとできないのさ。 それに俺は鼻が利くようになったし、耳も鋭い。ついでに頭もすっきり冴え渡って、 熱の位置や微妙な変化が手にとるように分かるようになったよ。目明きよりよっぽど便利だぜ、この能力は」 「私のような『魔眼』の使い手には、結構いろんなものも見えるんだがな。 まあ、杖を突いて歩くのではなく、振って歩けるのは大したもんだ」 メンヌヴィルが、狼のような口で『にやっ』と笑う。 「ありがとよ。それから俺はトリステインを飛び出して、ゲルマニアで傭兵稼業を始めたよ。 実に天職だね。なにしろゲルマニアやロマリアあたりじゃあしょっちゅう戦争してるし、 あぶれ者やちんけな村を焼き尽くしたって、別に誰も文句を言わねえ。都市を襲えば大金持ちだ。 強いものが自由と富を得て、弱いものはサクサク死んでいく。坊主どもだってそうなんだもんよ」 「なんとも、楽しげだな」 「ああ、実に愉快だ。飯も酒も美味いし、わりと財産も築いた。俺はこうなったのをまったく後悔してねえ。 唯一気に食わねえのは、例の隊長があの後すぐに行方をくらましたと聞いていることだ。 俺はこんなに強く、あいつよりも激しく炎を繰り出せるようになったのに! ああ、あいつを焼きてえ! あいつが焼け焦げて消し炭になる匂いを、胸いっぱいに吸い込みてえ! それだけが、俺の最大の望みであり、悩みなのさ。はは、はははははははははは、ひいはははははは……」 メンヌヴィルは、気が触れたように笑い始めた。いや、彼はとっくに気が触れているのだろう。 ベアードは珍しくもなさそうに見ているが、フーケはぶるっと身震いした。鳥肌が立っている。 こんな妖怪や狂人の同類には、絶対になりたくない。 《彼らはバアルのために高き祭壇を築き、息子たちを火で焼き、『焼き尽くす献げ物(ホロコースト)』として捧げた。 私はこのようなことを命じもせず、定めもせず、心に思い浮かべもしなかった。 …この所をトペテや、ベンヒンノムの谷と呼ばず、『虐殺の谷(ゲヘナ、地獄)』と呼ぶ日が来るであろう》 (旧約聖書『エレミヤ書』第十九章より) 夜明け前、メンヌヴィルたちは魔法学院の裏門に近付いた。 しばらく学院に勤めていたフーケの話から、内部の構造などは知れている。 居眠りしている衛兵を永久に眠らせ、フーケが『錬金』で門扉に穴を空ける。 音も立てず、十数人の小部隊は学院に潜入した。フネは森の中に隠してあり、人質を連れて脱出する手筈だ。 物陰に隠れると、ベアードがふよふよと『魔眼』たちを内部へ飛ばし、衛兵や生徒の居場所を偵察する。 「……ふむ、一般の衛兵が20人ばかり、女子銃士隊が同数。そこそこだな。 衛兵どもは気を抜いているが、銃士は『火の塔』に駐屯して、二交代制で不寝番をしているようだぞ。 教師が数人、オールド・オスマンの姿は見えないな。教師と女子生徒の総数は、情報によれば90人ほど……。 む、あれはタバサ! あの『雪風』のタバサが目を覚ましたぞ!」 フーケがぴくっと反応する。確か、あのルイズやマツシタの仲間だ。 「あのガリア出身のちびメイジか。トライアングル級で風竜も使い魔にしてるし、手強い相手だね。 感づかれたか、どうなのか……他はどうだい? ヤバイ相手は起きているかい?」 「いや待て、今いいところなんだ。よーし、集まれ魔眼ども……」 「何デバガメやってんだい、このロリコン妖怪!!(ばきっ)」 「漫才やってねえで、さっさと情報をよこしな、ミスタ・ベアード」 ともあれ、学院内に大した動きはない。タバサはまたベッドに戻ったようだ。 「……じゃ、内部の構造と衛兵・銃士の配置はこんなところだね。使用人どもは、まあいいか」 「うっし、制圧戦の開始だ。セレスタン、四人連れて銃士のいる『火の塔』を抑えろ。 ジョヴァンニ、てめえらは寮塔だ。俺らは本塔を抑えておくから、メスガキどもをこの食堂に集めて来い!」 突入した分隊は、次々と女子寮の部屋のドアを蹴破り、女子生徒や教師を集める。 寝込みを襲われ、杖も奪われ、皆なすすべなく捕縛された。すすり泣くばかりで抵抗もしない。 衛兵たちは警笛を吹き鳴らし、剣や槍で応戦するが、歴戦の傭兵メイジたちには敵わない。 メンヌヴィル・ベアード・フーケは、占拠した本塔の『アルヴィーズの食堂』で待機している。 続々と人質が集められ、食堂の床に座らされていく。メンヌヴィルが眠たそうに欠伸をした。 「……あーあ、簡単すぎて欠伸が出ちまうぜ。こういうやわな仕事は俺向きじゃあねえな。 もうちょっと歯ごたえのある奴はいねぇのかよ? 俺、まだ誰も焼いてねえし」 「じゃあ、もうちょっと上に行ってみるか。学院長も探し出して、捕らえておかねばな」 「しょうがないね、道案内にあたしも付き合うよ」 人質たちが集められた食堂の壁際を、ちょろっと白いハツカネズミが駆け抜けた。 その頃、傭兵メイジのセレスタンは、『火の塔』を守るアニエスと戦っていた。 戦槌のような『杖』と、平民の磨いた牙である『剣』が交錯する。 「チェッ、いい女なのに勿体ねぇなあ! その牙、引っこ抜いてやらあ」 セレスタンは元ガリアの『北花壇騎士』、その実力はメンヌヴィルに次ぐ。 杖から火球が飛び、アニエスの剣が灼かれて折れ曲がった。 「きさま、火のメイジか! 私はメイジが嫌いだ、特に火を使うやつはな!」 アニエスは曲がった剣をセレスタンに投げつけ、言葉とは裏腹に逃げ出した。 「『騎士』が背中を見せるとは、さすがは平民出身じゃねぇか! その背中、がら空きだぜ!」 セレスタンが『魔法の矢』を放つが、アニエスは身を伏せて避け、振り返り様に拳銃を撃つ! 「私は、『銃士』だ」 「ぶがっ……」 醜い呻き声を立て、セレスタンが額に銃弾を受けて、どさっと斃れる。 彼の率いていた傭兵たちも、銃士隊に追い詰められて討伐された。そこへ、ハツカネズミが走ってくる。 アニエスはそれを見て、にっと笑った。 「よし、この塔は守った。ついて来い、作戦通り残りを掃討する! 耳栓をしろ!」 本塔を昇っていたメンヌヴィル・ベアード・フーケは、急に眠気に襲われた。 塔の上から鳴り響くのは、鐘の音だ。 「チッ、オールド・オスマンのじじい、『眠りの鐘』を使ってやがるね……」 フーケは手早く『錬金』を唱え、耳栓を作った。 「この耳栓を使えば多少は防げる、さっさと学院長室に殴りこもう!」 「狸寝入りでもしていたのか? ミスタ・ベアードの魔眼にも、見抜けないもんはあるようだな」 「やかましい。お前は盲目だからいいが、私の魔眼と目を合わせたら命はないぞ。 オスマンのじじいも睨み殺してやるさ」 三人は耳栓をして、階段を駆け上がる。 だが、鐘の音は『下』……さっきまでいた食堂の周囲からも、響いていた。 三人はバアンと学院長室に殴りこむが、誰もいない。 「隠れていても分かるぜ、そこだァ!」 メンヌヴィルが天井を火球で貫くと、オールド・オスマンがふわりと降りてきた。手には『眠りの鐘』がある。 オスマンが鐘を床に投げたので、三人はひとまず耳栓を外した。 「久し振りじゃの、三人とも。まだ生きておったか」 「そいつぁこっちのセリフだぜ。二十年以上前からじじいのくせに、あんた何百年生きてんだ? まあ、あんたなら相手に不足はねえ。確か『土のスクウェア』級だよな?」 「好戦的な男じゃのう。そこのフーケとワルドの実力も知っておる、生半なメイジでは相手にならんな。 では、わしがおぬしら三人をまとめて相手にしてやる。かかってこい!」 オスマンが杖で床を叩くと、床は溶岩のように煮えたぎって激しく渦を巻き、三人を窓の外へ吹き飛ばす。 三人は『フライ』で宙に留まるが、オスマンのいる部屋には、地面や他の塔から砂や石材が飛んできて集まる。 ゴゴゴゴゴゴと物凄い地響きがして、土砂は本塔の上半分を包み、獅子の体を備えた巨大な石の獣の姿となる! その顔は、内部にいるオールド・オスマンそっくりだ!! 「「うわっははははは、これぞ我がゴーレム『スフィンクス』じゃ!! スクウェアメイジを甘く見るでないぞ!! そおおれ、メガトンパンチを食らえい!!」」 スフィンクスの顔がオスマンの声で高笑いし、塔のように巨大な腕が振り回される。 三人は青褪める。まさか、いきなりここまでやるとは! 「てっ、てめえじじい、状況が分かってんのか? 俺らは学院の貴族の子女を人質にしてるんだぞ? 殺さねえまでも、攻撃をやめねえとそいつらの耳や鼻や指を……」 「「分かっちょるわい、おぬしらの奇襲なんぞ全部まるっとお見通しよ。わしの使い魔モートソグニルくんがのう。 それに食堂に集まった傭兵どもは、隠れさせておいたミセス・シュヴルーズの『眠りの鐘』でとっくに夢の中じゃ。 今頃は耳栓をした銃士隊に捕縛されているじゃろう。戦いは情報網と物量じゃよ諸君、ひょひょひょ」」 オールド・オスマンとアニエスたちは、学院のテロ対策をしっかりしていたようだ。 モートソグニルとネズミたちが学院内外を警戒し、非常時には合図を送って連絡する。 そして敵が一箇所に集まったところを、二つの『眠りの鐘』で人質ごと一網打尽。さらには、これだ。 「じょ、冗談じゃないよ! あのセクハラじじい、こんなバケモノだったなんて!!」 「ええいフーケ、気休めかも知れんが、お前もゴーレムを出せ! 私は『魔眼』の姿に戻る!」 「しゃあねえ、俺は食堂に戻るぜ。……いや、『火の塔』から銃士が出て来たな、あれから片付けるか」 バックベアードが黒煙とともに現れ、フーケのゴーレムがスフィンクスのパンチを受け止める。 スフィンクスは目から怪光線を放ち、ウオーーーッと咆哮する。妖怪・怪獣大決戦の始まりだ!! その頃、『火の塔』の傍らにあるコルベールの研究小屋では。 「これは『神秘幻想数学』、これは古代サハラの数学書、アリストテレスなる哲学者の著書、 『光輝(ゾハル)の書』に『東方魔法大全』! ああ、一生かかっても読み切れない! これを解読できれば、ハルケギニアはまさに革命的変化を……!!」 コルベールは感涙に咽びながら、『薔薇十字団』から送られてきた注釈付きの魔法科学書に没頭している。 そこへ、二人の生徒が駆けこんできた。外からズズズズズという地響きもする。 「コルベール先生! 未だにこんなところで何をしているんですか、大変なんですよ!」 「おお、ミス・ツェルプストーにミス・タバサ、こんな深夜に何事かね」 「敵襲。アルビオンの傭兵団が学院を急襲し、生徒及び教職員約90名を人質に取った。 我々は脱出して無事。反撃の体勢を整えるため、あなたを捜していた」 「な、なんだって!? ……時に二人とも、アレは何かね?」 「は?」 二人がコルベールの指差す方を振り返ると、バックベアードとゴーレムが巨大なスフィンクスと戦っている!! 「きゃーーーーーーーっ!!? な、何よアレ!?」 「あの黒い眼は、以前ニューカッスル上空に出現したものと同じ。ゴーレムはフーケのものと同じデザイン。 ならばあのスフィンクスは、恐らくオールド・オスマンのもの」 「そうだ。我々銃士隊と学院長が連携し、テロリストの大半は作戦通り捕縛した。 残るはあのバケモノどもと……こいつだ」 いつの間にか、アニエスも近くに来ていた。体にいくつか火傷を負っている。 そして向こうから歩いて来る大柄な男に、銃を向けた。キュルケとタバサも、杖を構える。 「おやおや、熱と硝煙の匂いを頼りに追ってきてみれば、かすかに懐かしい香りがするなァ。 さっきの女銃士が一人、火メイジと風メイジの女、それにもう一人。おい、おまえの名前は何だ?」 男を見たコルベールの表情が、さっと変わった。温和で臆病な普段からは想像できない、冷たい顔だ。 「……久し振りだな、『白炎』のメンヌヴィル」 その声音を聞いて、メンヌヴィルはあっと驚くと、両手を広げて心底嬉しそうに笑った。 「おお! おおお!! お前は『炎蛇』! 『炎蛇』のコルベールではないか!! 覚えていてくれたのか! 久し振りだな隊長殿、20年振りだ! あのダングルテール以来だ!!」 「!!」 アニエスは、対峙する二人を物凄い表情で睨み付けた……。 (つづく) 前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ
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5 アルビオンの長い夜 傭兵に絡まれながらもスカボローの港に辿り着いたルイズたち一行は、入国検査官に身分の証明を行い、それを経て町の一角にある宿に部屋を取っていた。 貴族というのは便利なもので、普通の平民が検問で面倒な手続きをしなければならないところを身分の証明をするだけで通過できてしまう。ルイズたちの場合は、魔法学院の生徒を示す伍芒星が刻まれたタイ留めが証明に当たり、ワルドはグリフォンの刺繍が施されたくらい色のマントがそれだ。使い魔、という身分の才人は付き人と言ってしまえば検査官は首を縦に振る。 お粗末な管理体制、といいたいところだが、国と国との間を行き来する人間をいちいち数えていたらきりが無い。国から出入国の制限が出されたり、スパイ容疑の欠けられた人物が近くに居るという情報でも流れない限り、大抵はこんなものだ。 スカボローの町はあまり大きくは無い。 アルビオンにおける通商交易の中心地と言えば聞こえはいいが、アルビオン自体が空中に存在していることから輸送費は膨大なものとなるため、交易自体が大規模化しないという問題を抱えている。 トリステインの港町ラ・ロシェールと違って、岩を削って町が作られているというわけでもないため、観光要所があるわけでもない。そのため、スカボローは小ぢんまりとしたささやかな町としての姿を誕生当時から維持していた。 僻地でもなければ大抵の場所にある貴族向けの宿は、そんな小さな町にも存在している。 一級のメイジが三年の月日をかけて作り上げたという高級貴族の屋敷を思わせる巨大な建造物を本亭とした“最も高き空”亭は、創業120年を掲げ、このスカボローで唯一と言って憚らない高級旅館だった。 とは言え、他の宿と同じように一階を酒場とする構造は変わらないようで、ルイズたちは情報収集や今後の予定を相談することも兼ねて一階の酒場に集結していた。 大きなテーブルを囲うルイズたちの元に、一時席を離れていたワルドが戻ってくる。 「どうでしたか」 そう尋ねたのはギーシュだった。 「思ったよりも王党派の状況は悪くないようだ。二、三日の内に決着が付くということは無さそうだよ。ニューカッスル地方に陣を敷いて貴族派と睨み合っているらしい」 情報収集に最も長けているであろうワルドが、近辺の住人に聞き込みをして回っていたのだ。 貴族の子女であるルイズたちは平民達に頭を下げたり、彼らから友好的な反応を得られるような話し方をすることは出来ない。軍か諸侯として治世の任に就けばそういう技能も身につくのだろうが、未だ学生の身であるルイズたちにそれを求めるのは酷だろう。一名ほど、処世術に長けた赤い髪の少女という例外はいるが。 「なら、明日はニューカッスルへ向かえばいいわね。ここからならタバサのシルフィードや子爵様のグリフォンで向かえるし、そう急ぐことも無さそうかしら」 アルビオンへ渡るには人数の問題でシルフィードは使えなかったが、ここでなら何人かをグリフォンに乗せることで重量を散らすことが出来る。馬を使うよりもずっと早く目的地に到着することが出来るだろう。 そう思ってのキュルケの発言に、ワルドも同意を示した。 「うむ。だが、のんびりとしてもいられないだろう。昼までには王党派と接触を持ちたいと思う。明日は朝食を取り次第出発するとしよう」 ワルドの言葉に一同は頷いて返すと、席を立った。 内戦中とあって客が少ないのか、空き部屋は多く、飛び込みでも部屋数を多く確保することが出来た。“女神の杵”亭ではワルドとルイズが相部屋となっていたが、今回はそれぞれが一部屋ずつ利用している。 ただ、それが味気ないのか、キュルケはタバサを部屋に招き、それならとギーシュが部屋の中でテーブルゲームでもしないかと誘いをかけた。 「サイトもミス・ヴァリエールも来ないかい?」 「ああ、行くよ。けど、ルイズが……」 足を止めたサイトが、席を立った状態で動かないルイズを見る。 “女神の杵”亭で自分が元の世界に帰るという話をしていたときよりも、沈んだ表情をしていた。 スカボローの港に到着する少し前から、ルイズはあの調子だった。 傭兵達の一件が尾を引いているのだ。 人の死を、いや、人が殺された瞬間を見るのは、才人は初めてだった。ルイズも、恐らくそうなのだろう。 ルイズはそれを、自分達の迂闊な行動が招いた結果だと考えていた。 どういう理由があるにしろ、王族殺しで指名手配されている人物と一緒に居るだなんてことは避けなければならなかった。たとえ、正体を知らなくても、だ。 脅迫されたことは許せないし、相応の罰を与えるべきだとも思っていた。だが、殺すことはなかったのではないか、とも思う。 ワルドはドノヴァンと名乗った傭兵を殺した後、船内に居た傭兵達を皆殺しにした。 一人残らずだ。 船長やスカボローに入港した後の船の検査に当たった検査官に金を握らせ、今回の一件を揉み消した。 それは、それほど珍しいことではない。 支配階級にある貴族を平民が脅した、というだけで重い罪状が加えられるし、ドノヴァンのように杖を奪おうとすれば、それは始祖ブリミルから与えられた魔法の力を踏みにじる行為として断罪される。 裁判を挟むことなく、平民は貴族に無礼を働いたという理由で殺される。それが、ハルケギニアの常識だ。 頭では理解していた現実。だが、ルイズはその当事者となったことで罪の意識から離れられないでいた。 高いモラルを両親の厳しい指導で培ったルイズにとって、それは常識という枠に当て嵌めてしまうことで有耶無耶に出来る問題ではないのだ。 殺さなければ、ドノヴァンはルイズたちを破滅の道に蹴り落としただろう。そんなことはルイズにも分かっている。だが、死という結末を迎えた後では、他に方法があったのではないかと考えてしまうのだ。 「ルイズ。少し、話がある」 ワルドの言葉に、ルイズは俯かせていた顔を上げた。 脱いだ羽帽子をテーブルの隅に置いたワルドが、いつかどこかで見たような懐かしい目をしてこちらを見ている。 「二人きりで話したい」 “女神の杵”亭でも言われた言葉だ。 関係をギクシャクとさせたルイズとワルドを二人きりにして良いものかと、才人は立ち止まってルイズに視線を向けた。 ルイズは才人に力なく首を振ると、大丈夫、と言った。 渋々といった様子で才人がキュルケたちと共に酒場を後にするのを見送って、ルイズはもう一度椅子に腰掛ける。 テーブルの上にはワイン瓶が二つ。それと木杯が六人分。 ワインの瓶は一つが空で、もう一つは栓も開けられていなかった。 空気の漏れる音が響き、未開封のワインのコルクが抜かれる。 ワルドは自分の木杯に半分ほど赤い液体を注ぐと、ルイズにも瓶を傾けた。 「いいわ。わたしはいらない」 「そうか」 栓を閉め、ワルドが木杯に口をつける。 少量のワインが喉を潤したところで、ワルドは息を吐いて天井を見上げた。 「聞きたいことが、あるんじゃないのかい?」 ルイズの肩がびくりと震えた。 少しの沈黙が訪れる。 ワルドはワインを舐めるように飲み、ルイズはテーブルを見つめていた。 息を漏らすような小さな声がワルドの耳に届いたのは、酒場の客の数が半分になった頃だった。 「ワルド。あなたは、人を殺すことに罪の意識を感じたことはある?」 ルイズの脳裏にあるのは、ワルドの魔法で黒焦げになったドノヴァンの姿だ。 悲鳴も上げず、自分が死んだことにも気付かないで、あの傭兵は命を落としたのだろう。 人の死ぬということは、こんなにもあっけないものなのだろうか。もっと苦しくて、悲しくて、辛いことなのではなかったのか。 少なくとも、ルイズは人の死が重いものだと学んできた。 しかし、人の死は想像したものよりも軽く、胸に刺さる痛みは罪の意識よりも感情の揺らぎの小ささにこそ悲鳴を上げている。 ワルドは、そんなルイズに視線を向けることなく少しだけ目を閉じた。 「ある。いや、あった、というべきかな」 魔法衛士隊は国の中枢で動く特殊部隊だ。王宮の警備や外国からの賓客を向かえるのは表の仕事で、実際には血生臭いことが多い。 戦争では真っ先に駆り出され、不穏分子の噂を聞きつければ排除に動き、王族を狙う暗殺者を相手にすることもある。 人の死は、魔法衛士隊にとって当然のことだ。 ワルドもこれまでに幾度となく人を殺めてきた。始めの頃は血の匂いに吐き、寝込む事だってあったし、もう嫌だと毛布に包まって夜を過ごしたこともある。 だが、時間と経験がそんな感情を削いでいった。 今のワルドには、人の命は大きな意味を持たない。金貨と天秤にかけて計算が出来るくらいだ。 「軍に在籍する以上、人の死は切って離す事の出来ないものだ。当たり前のように受け入れる必要があるし、出来なければ軍を抜けるしかない」 そこで、やっとワルドはルイズに視線を合わせた。 「ルイズ。人は人の死に慣れるものだよ。ただ、例外もある」 「例外?」 問い返すルイズに、ワルドは頷いた。 「身近な人の死、或いは、身近だと思う人の死だ。それだけは、何時まで経っても慣れる事が出来ない」 身近な誰かが死んだのだろうか。そう思ったルイズは、ワルドの境遇を思い出した。 ワルドの両親は共に亡くなっている。 父親は戦争で、母親は病で。今のルイズと同じくらいの年齢で軍に入り、若くして魔法衛士隊の隊長に上り詰めた。 ワルドほどの年齢で衛士隊の隊長を務めるというのは、中々出来ることではない。慢性的な人手不足に陥っているトリステインとはいえ、人選にはやはり経験の豊富な人材が好まれるのだから。 両親との死別は、ワルドの心に強い傷を作ったのかもしれない。その痛みを誤魔化すために、がむしゃらに働いてきたのだろう。 だから、今こうして衛士隊の隊長として、アンリエッタ王女の信任を受けているのだ。 ルイズはワルドと同じような境遇に晒されたとして、ワルドのように必死に戦い続けられるだろうかと自問した。 自信は無い。 家族が全て居なくなってしまえば、残るのは“ゼロ”の蔑称を受ける自分しかいない。 魔法が使えない自分では、ヴァリエール家を継ぐことなんて出来はしないだろう。出来たとしても、一体誰が認めてくれるというのだろうか。 いや、それよりも、果たして自分は家族の死を乗り越えられるのだろうか。 父が死んだらと思うと、悲しくなる。母が死んだと思うと、やはり悲しい。二人の姉のどちらが欠けても、自分は悲しみに何日も、何ヶ月も、もしかしたら何年も部屋の中に引き篭もってしまいそうだった。 想像するだけでも、胸が締め付けられるような気持ちになる。鼻の奥が熱くなってきてしまう。耐えようとしても、指先が震えるのだ。 そんなルイズの頭を撫で付けたワルドは、謝罪の言葉を口にして木杯を空にした。 「少し混乱させてしまったね」 囁くようなワルドの言葉に、ルイズは首を横に振った。 ワルドはワイン瓶を手に取り、その中身をルイズと自分の木杯に注いだ。 差し出された木杯をルイズは受け取り、喉を鳴らして中身を飲み干す。 息を吐く頃には、少し落ち着いたようだった。 「……取り乱して、ごめんなさい」 「いいさ。これでも懐は深いつもりだ」 そう言って、ワルドは自分の木杯に口をつけた。 舌に乗る程度の量を飲み、木杯をテーブルに置く。 「それよりも、君の聞きたいことはもっと別にあるんじゃないのかい」 ルイズが、少し赤くなった目でワルドを見た。 そして、また伏せる。 ワルドはゆっくり話せばいいと言うかのように、ウェイトレスを呼んで少しアルコールの強い酒を注文すると、自分の木杯に瓶に残ったワインを注いだ。 再び、沈黙が訪れる。 注文を受けたウェイトレスが、ワインを蒸留して作ったブランデーを運んでくる。値段は張るが、アルコールに酔いたいときにはワルドは好んでこれを飲んでいた。 まだ木杯に残るワインを飲み干して、ワルドはブランデーと一緒に運ばれてきた新しい杯に琥珀色の液体を少量だけ注ぐ。すると、ワインよりも少しだけ強い香りが漂った。 杯の中から立ち上る甘い香りを楽しむワルドに、ルイズは顔を上げた。 「わたし、平民を身近な人間だと認識していなかったのかしら」 「何故、そう思うんだい」 木杯を少しだけ傾けて、唇を濡らす。 「……サイトを呼び出したとき、わたし、どこの誰かも分からない平民を呼び出したことに苛立ってばかりで、サイトこと、何も考えてなかった。サイトにも家族が居る。突然消えてしまったサイトを、才人の家族はきっと探してるわ。昼間の傭兵にも家族が居るはずよね?お父さんと、お母さんが居て、わたしたちは生まれてくるんだもの。きっと、突然消えてしまった子供を捜して泣いているわ」 顔を覆うように両手を当てて声を震わせるルイズを、ワルドは杯を傾けながら見つめた。 「サイト君を呼び出すべきではなかった。昼間の傭兵を殺すべきではなかった。そう言いたいのかい?」 ルイズは首を振った。 「違うわ。責任を持たなければならないということに気が付いたのよ。サイトのこともそうだけど、昼間の傭兵だけじゃない、わたしたちの身近に居る全てのことに、わたしたちは責任を負わなければならない。そのことに、わたしはなにも気付いてなかった」 家に帰りたい。そう才人は最初から言っていた。なのに、自分は才人を拘束し、自分の都合のいいように“躾”と称して鞭を振るったのだ。 衣食住の面倒を見るのは、才人から帰る家を奪った自分の責任だ。才人を使い魔として働かせるなら、彼の同意と相応の待遇を提供するのが当たり前の行為のはず。それすらも怠って、最低限責任を負わなければならないはずの部分を盾に才人を利用している。 他の平民に対してだって同じだ。 貴族という立場を利用して力ない平民達を好き勝手に扱っている。魔法学院で起きた才人とギーシュの決闘騒ぎも、そんな傲慢な考えから起きた騒動だった。 騒ぎの発端となったメイドの少女に非は無い。彼女は、自分に出来ることをしたし、それは誰かから責められるような行為ではなかった。それを責めたのは、傲慢な思想そのものだったはず。 そこまで考えたルイズに、ワルドは小さく笑った。 何故笑われるのか、それを理解できずにルイズは目を丸くする。 「君は、貴族と平民の差について悩み始めているようだね。だが、考え違いを起こしてはいけないよ。確かに、平民と貴族には明確に立場の差がある。だが、それはこのハルケギニアの長い歴史の間で積み上げられてきた、れっきとした制度だ」 「でも……」 言いよどむルイズに、ワルドは杯を置いて姿勢を正した。 「全てのことには責任が付きまとう。その考えを否定する気は無いよ。でも、君の考える対当な関係というのは、目先の対当さでしかない。僕達貴族は、普段から一定の責務を抱えることで君臨を許されているのは分かっているね。そして、それは、一種の権力として反映されてしかるべきものだ」 ルイズは少しだけ考えて、頷いた。 父が毎日のように領民のことを考え、より多くの人々が幸せに暮らせるように働いている姿を見てきている。もし、領内で問題が起きたとき、その責任を問われるのは領地を任されている父自身だ。ルイズも、教育を受ける過程で幾度となく権利と義務については教え込まれてきた。 贅沢なら暮らしが許されるのは、家柄良いからではない。家柄を良く保つために努力を怠らず、国のため、民の為に身を粉にして働いてきたからだ。 「平民達は貴族から享受される平和と安定した生活の代償として、税を納め、貴族達に頭を垂らす。横暴な振る舞いすら許せとは言わないが、多少の我慢を強いるくらいは、貴族の権利と言えるのではないのかい」 国は魔法によって成り立っている。それは、平民が金で貴族にゲルマニアでも変わりはしない。生活の基礎は勿論、ハルケギニアに存在する数多の獰猛な生物から人々を守るにはメイジの力が必要となる。 「ルイズ。君が言いたいのは、貴族と平民が同じ物差しを持つべきだ、ということなんだと思う。でも、測るべきものは貴族が血と汗を流して手に入れたものだ。同じ物差しを使えというのは、貴族に平民よりも抑圧された環境で生きていけというようなものだよ。それでは、貴族が痛い思いをするばかりだ。これは、対当とは言えないと思わないかな」 ワルドは杯の底に揺らぐ琥珀色の液体を喉に流し込んだ。 「権利や義務というのは、往々にして目に見えない形だからね。金貨のように数や重さで測ることは出来ない。そのせいで大きさを間違え易いのさ。君の悩みである平民と貴族の差についても、曖昧な部分が多い。だから、悩んで悩んで、悩み抜けばいいさ。君なりの答えがどこかにあるはずだからね」 「ワルドさま……」 表情を少しだけ明るくしたルイズが、胸の前で両手を組んでぼうっとワルドを見つめた。 いつか見た懐かしい眼差しに、ワルドは顔を背ける。 空の木杯に、ブランデーが再び注がれた。 「君がこれからどうするかまで口を出す気は無いよ。でも、昼間のことは、もう忘れるべきだ。旅の間に起きた一切の責任は、僕と、任を与えた王女殿下が負う。今回の件は身を守るための不可抗力でもあるんだ。時折、今のように悩めば、それでいい」 「……はい」 気が抜けたように椅子の背凭れに寄りかかったルイズを見て、ワルドは笑みを浮かべた。 悩みが解決したわけではないが、胸の痞えは取れたのだろう。スカボローに着いてから見ることの出来なかった、普段のルイズの姿がそこにはあった。 ワルドはブランデーの瓶をルイズの木杯に傾けて、少しだけ器を満たす。 二人は琥珀色の液体を同時に飲み干した。 喉の奥が熱くなる感覚に、ルイズが溜息を漏らす。仄かに頬が紅潮し、幼い少女に色香のようなものが漂っていた。 「君は賢い。多くの貴族が、享受するに相応しくないほど大きな物差しを持っていることを知っている。君も、自分が大き過ぎる物差しを持っていることに気付いた。なかなか出来ることじゃない」 「買い被りです……。この年になって、やっと貴族としてのスタートラインに立った気がするんです。父や母を思うと、まだまだ小娘だと感じますわ」 緊張の糸が途切れてすぐにアルコールを飲んだため、早速酔ったらしい。ルイズの顔が徐々に赤くなり、時々宙を見つめて動かなくなる。 「君のご両親はハルケギニアでも有数の貴族だ。同じ場所に立つには、相応の年月が必要となる。急ぐことは無いさ。でも、その姿勢は賞賛に値する」 ルイズと自分の杯に瓶に残った最後のブランデーを等分に注ぐと、ワルドはウェイトレスを呼んで追加を頼んだ。 静かに、木杯を傾ける時間が過ぎる。 杯の中の中身が無くなる頃、ワルドは唐突に切り出した。 「こんなことを言っても信じてはもらえないだろうが、“女神の杵”亭で語った僕の気持ちは本心だ」 ルイズも杯の中身が無くなって手持ち無沙汰になったのか、ワルドの言葉に顔を上げて艶やかに微笑んだ。 「魅力が無いってこと?」 「茶化さないでくれ。アレがそういう意味じゃないことくらい、君にだって分かっているだろう」 苦々しい記憶にワルドが顔を顰める傍らで、ルイズが笑い声を漏らした。 「プロポーズのことだよ。僕の気持ちはまだ変わっていない。誤解はあったし、大人気ないことをしたとも思う。だが、それで諦められるほど簡単な気持ちじゃあないんだ」 テーブルの上に乗り出してルイズに近寄ったワルドの言葉に、ルイズは視線を下に向けて首を振った。 「あなたの気持ちは嬉しいけど、わたしにとってはやっぱり憧れみたいなものなの。好きか嫌いかって聞かれたら、好きって言えるけど、それ以上でもそれ以下でもないわ。だから、ごめんなさい」 立ち上がったルイズは一度だけワルドに向かって頭を下げると、アルコールでおぼつかない足取りのまま奥の階段を上っていった。 ワルドはその姿を見守ると、木杯を呷ってその中身が無いことに気が付いた。それを見計らったかのようにウェイトレスがトレイ片手に姿を現す。 「追加、おまちどうさま」 追加のブランデーをテーブルに置いて、素朴な様相のウェイトレスは去って行ったルイズとワルドを交互に見て小さく笑った。 「振られたみたいですね」 「そのようだ」 自嘲気味に笑ったワルドは、手に取ろうとしたブランデーの瓶を横から攫われて眉を潜めた。 視線の先でウェイトレスがニコニコと笑っている。 「私、今日はこれでお仕事終わりなんです。よろしければ、ご一緒させてくださいな」 魔法衛士隊の隊長となってからは、似たような誘い文句を幾度となくかけられてきた。 普段なら断る場面だったが、今日だけはこのウェイトレスの少女の裏表の無い笑顔が心地よく感じられて、ワルドは思わず首を縦に振った。 ルイズの座っていた席に腰を下ろしたウェイトレスは、ブランデーの瓶をワルドの杯に傾ける。そして、自分もルイズが使っていた木杯に琥珀色の液体を注ぐと、互いの杯をぶつけて、乾杯、と謳った。 あっという間に、杯の中身を飲み干すウェイトレスを見て、ワルドも対抗するように杯を空ける。 「ぷはっ、んーおいしー!」 貴族のような気取った飲み方をしない、本当に酒を美味そうに飲む少女だった。 見ているだけで腹がいっぱいになりそうだが、悪い気分ではない。 今夜は、深酒を避けられそうに無いな。 そんなことを思って、ワルドは笑みを深めた。 夜は更けていく。 アルビオンの辺境の森に隠れるように存在するウェストウッド村も、深い闇に包まれて静けさに包まれつつあった。 数えるほどしかない建物の中、その内の一つだけが明かりと共に幾人かの話し声を漏らしている。 大人と子供の入り混じった声だった。 「やっぱりねえ。騎士なんてガラじゃないと思ったんだ。クビになって正解さ」 そう言って、フーケが木杯に注がれたワインに口をつけた。 家の大きさとは不釣合いな大きなテーブルと十を越える椅子の数。部屋数は少なく、玄関口と繋がるリビングルームを中心に二部屋といったところだろう。住んでいる人間の数よりも明らかに多い家具の備えは、村自体が一種の孤児院で、この家を子供達の集まる場所としているからだ。 フーケの向かいに座っているのはエルザだった。 同じようにワインに満ちた木杯を手に、剣呑な表情でちびちびと飲んでいる。 視線の先には倒れ付したホル・ホースの姿があった。 「あれこれと世話を焼いてくれる使用人も多かったから、居心地は良かったけどね。その分制約も多かったし、性に合わなかったのよ。それに何より、変に活躍すると、このろくでなしがすぐ他の女に走るんだから!このっ!このっ!」 小さな足で倒れたホル・ホースの頭を何度も踏みつける。それと同時に、フーケも足を伸ばして頭頂部を蹴り飛ばしていた。 「ま、マチルダ姉さんもエルザちゃんも、そこまでしなくても……」 同じテーブルを囲んで果実を絞ったジュースを飲んでいたティファニアが、恐る恐る止めに入る。 すぐに鋭く殺気の籠もった視線が返って来た。 「いいや!こいつはどうせ反省しないんだ!こういうときに痛い目に合わせないと、また同じことを繰り返すよ!」 「そうよ!ちょっと大きいからって、いきなり女の子の胸を鷲掴みにするなんて!頭がおかしいとしか思えないわ!そういうことする人じゃないと思ってたのに!!」 そう言って、さらに蹴る力を強めていく。 ホル・ホースが床に倒れ、非道な扱いを受けているのには訳があった。 ティファニアの胸、である。 大きいのだ。それも、普通の大きさではない。細い体に何故こんなものが乗っているのかと思うくらい大きい。エルザの頭くらいはある。いや、下手をすれば、もっとある。 長い女断ちの期間で溜まっているものを我慢を続けているホル・ホースは、その大きな夢と希望の果実を見るや否や、自然な動作で鷲掴みにしたのだ。 捏ね繰り回すように揉みしだいた時間、実に五秒。 何をされているのか分からず呆然としていたティファニアが悲鳴を上げたのと、突然の事態に動きが止まっていたエルザとフーケが動き出したのは、ほぼ同時だった。 両頬を挟むように繰り出された拳を頬にめり込ませ、しかし、それでも満足そうな笑みを浮かべたままホル・ホースは気絶したのである。 「馬鹿よ!大馬鹿よ!こんな脂肪の塊に誘われちゃってさ!こんな……こんなの……ただの脂肪じゃない!目の前でこれ見よがしに揺らしてんじゃないわよ!!」 「そんなつもりは……あうぅ」 ホル・ホースとほぼ同じように両手でティファニアの胸を鷲掴みにしたエルザが、不満そうな顔で巨大な母性の象徴とも言われるものを乱暴に捏ねた。捏ね繰り回した。 「大きければいいとでも思ってんの!?こんな、張りがあって、形も良くて、色白で、吸い付くような肌で、感度も良くて、反応も初々しくて……舐めんじゃないわよ!!」 先端の部分をギュッと摘んで力を入れる。ティファニアの頬が赤くなり、声にならない悲鳴を漏らした。 「こんなのでお兄ちゃんを誘惑するなんて……馬鹿にしてるわけ!?わたしのこの体を見て嘲笑ってるんでしょ!?悪かったわね!ほぼ円柱で!ごめんなさいね!膨らみもなにもなくて!これ、ちょっとわたしにもわけなさブヘッ!?」 エルザの後頭部にフーケの鋭い拳が飛んだ。 「あんた、これで二回目じゃないかい!反省しないのはあんたも一緒か!?」 「……だって、三十年生きてるわたしがこの姿で、二十年も生きてないエルフのハーフがこれって、おかしくない?成長し過ぎよ」 倒れ付すホル・ホースの上に転がったエルザが、殴られた頭を抑えて頬を膨らませた。 ティファニアは母をエルフ、父を人間とした混血児だ。血が混じったことで寿命に変化が生まれたのか分からないが、成長は人間と同じようで、エルザのように寿命に見合った成長速度をしているわけではないらしい。 そのことに、エルザは不満たらたらだった。 「不公平よ。わたし、単純計算で人間の六分の一くらいの成長ペースよ?成長期に入ったからこれからどうなるか分からないけど、このままだとコレになるまで100年近くかかることになるじゃない」 再びティファニアの胸に手を置いて、おかしいわよ、と言うエルザに、フーケは知ったことかと木杯に残るワインを喉に流し込んだ。ついでにホル・ホースの頭を蹴り飛ばすのも忘れない。 空になった木杯をテーブルに置いて、視線を部屋の隅に向ける。そこには、一心不乱にナイフを磨いている地下水の姿があった。むさ苦しい様相にフーケの眉が寄る。 「せっかくの一時帰郷なのに、なんであんた達みたいな疫病神と係わり合いになっちまうかねえ。なにやってたか知らないけど、汚いし、臭いし、変なの増えてるし」 「悪かったわね。ホントはラ・ロシェールでちょっと休むつもりだったのよ。服の代えも買う予定だったけど、賞金稼ぎに追い回されてそんなことも出来なかったし。ああ、ヴェルサルテイル宮殿のお風呂が懐かしいわ」 両手を顔の横で組んで、エルザは記憶にある豪華絢爛な王族用の浴場を思い出した。 百人近く同時に入れそうな巨大な浴槽に香木や香草を浮かべ、専用に調合された石鹸を上等の絹に染みこませて使用人たちに洗ってもらうのだ。どう考えても騎士の身分が得られる待遇ではないが、大抵イザベラと一緒に入っていたので、ついでに洗ってもらっていたのである。なお、イザベラの許可は貰っていない。強引に入り込んでいたのだ。 そんな生活から離れたのは最近の事とはいえ、エルザの肌からはもう甘い香りは立ち込めないし、髪も手入れを怠っているので艶を無くしかけている。以前からの一張羅である白いドレスは所々解れ、汚れが染み付いていた。 そろそろ、しっかりと体を洗いたい気分だ。 そんなエルザを見て、ティファニアは手を叩いた。 「それなら、わたしたちのお風呂に入りませんか?貴族様が入るようなものほど立派じゃないけど、お湯に浸かるのはとっても気持ちいいですよ」 「ちょっと、ティファニア!?」 「いいじゃない、マチルダ姉さん。せっかく作ったんだから、使わなきゃ損よ」 止めるフーケに、ティファニアは笑顔で返して裏口から出て行ってしまう。 後姿を見送ったエルザはフーケに視線を送り、首を傾げた。 「ここ、お風呂があるの?サウナじゃなくて?」 ハルケギニアで平民用の風呂といえば、狭い部屋に熱した石を用意し、水をかけて高温の蒸気を作り出すことで汗を浮かばせ、最後にタオルで体を拭くサウナ形式のものが一般的だ。それ以外に身を清める方法と言えば、濡れたタオルで体を拭くか、水浴びくらいのものである。 しかし、ティファニアは湯船の存在があるようなことを言っている。つまり、貴族が使うようなお湯を用いた浴槽を用いた風呂があるということだ。 フーケは少し赤く染まった顔で頬をかくと、テーブルのワインの瓶を木杯に傾けた。 「ああ、そうだよ。造ったのはつい先日さ。学院で暫く働くとなると、定期的に休みも取れるしね。長期休暇でここに戻ってきたときに、あったらいいな、と思って造ったのさ」 トリステイン魔法学院にも風呂はある。使用人たちにはサウナが用意されているが、学院に通う貴族の子弟用に大浴場が地下に整備されているのだ。使う人数が多いため、その規模は王族のものと遜色ない。 フーケも利用した経験があるのだろう。何度か使っている内に癖になって、故郷ともいえるこの場所に作っておきたくなったのかもしれない。幸いにして、土木建築に秀でた土系統のメイジであることも手伝って、実行に移してしまったのだ。 「石鹸は?体を洗うものが無いと、せっかくのお風呂も魅力半減よ?」 「心配要らないよ。学院のをちょろまかしてきた。向こうも数を使うからね、幾つか無くなっても気が付きゃしないさ」 フーケの言葉にエルザが笑みを深めた。 一度知ってしまった贅沢は中々止められない。ガリアを出てからというもの、水浴びやサウナで体を洗うのがちょっと苦痛に思っていたところだ。 久し振りのお湯を使った風呂にエルザの胸が躍る。 気を良くして部屋の中をチョロチョロと歩き回っているうちに、ティファニアが戻ってきて困ったような表情を浮かべた。 「ごめんなさい。夕方に子供達を入れたからお湯が汚れちゃってて、沸かし直すと時間がかかりそうなんだけど、いいかしら?」 湯の張替え、なんて贅沢なことをするのは珍しいことだ。水は貴重だし、近くに水源があったとしても風呂釜を満たすほどの水量を運ぶのは大変のはずだ。 エルザたちを客人として迎えている証明なのだろうが、そこまで気を使ってもらうつもりはエルザにはなかった。 「水はまだ抜いてないわよね?なら、そのまま入っちゃうわ。手間をかけさせるつもりは無いし、体を洗えるだけでも御の字よ」 「でも、お誘いしたのはわたしなのに……」 しゅんと縮こまるティファニアを見て、エルザは小さく溜息を漏らした。 今時珍しいくらい純真で素直な良い子だ。自分のような存在が傍にいて良いのかと思うくらいに。 だが、これでは将来苦労することになるだろう。この小さな村の中に閉じこもっている間は良いだろうが、外に出ると純真さが破滅を誘うことになる。 すっと視線をフーケに向けると、似たような思いを抱いたことがあるのか、すぐにエルザの視線の意味に気付いて肩を竦めた。 矯正しようとしたのかは分からないが、ティファニアの性格はそう簡単に変わるものでもないらしい。根っこの部分から良い子ちゃんなのだろう。 そんなティファニアを守るためにフーケが居るのだと思えば、なんとなく納得もできた。 「なら、アタシも一緒に入るよ。多少の汚れは魔法で何とかなるからね。ティファニアも今日は入ってないだろう?なら、一緒に入っちまいな」 「でも、そうすると火の番が……」 電子制御されたハルケギニアにはボイラーなんてものは無い。当然、釜に入れられる湯は人力で沸かすのだ。 ティファニアは自分がその役目に就こうとしていたらしい。 そんな懸念に、フーケは部屋の隅にいる人物に目を向けることで解消させた。 「地下水、だったっけ。インテリジェンス・ナイフのアンタなら、変な気は起こさないだろう?火の番を任されてくれないかい」 「……ん、了解したぜ」 ちょうど本体の刀身を磨くのも終わったらしい。ゆっくりと立ち上がると、鏡のように光りを反射する本体の姿に見入って、ほう、と溜息をついていた。 この様子なら女の体になんて興味はないだろう。 立ち上がって自室と思われる部屋から下着の代えを用意したフーケが、ティファニアにも同じように着替えを用意させた。エルザには孤児院の子供のために用意してある予備の服を引っ張り出してきた。 安物の生地だがなんとなく悪くない気がして、エルザは差し出された着替えを素直に受け取る。 「そういえば、ここのお風呂って三人も入れるの?」 エルザの疑問をフーケは鼻で笑った。 「ここをどこだと思ってんだい。孤児院だよ。ガキの面倒を見るのに一人ずつ相手にしてたら日が暮れちまう。大人が五人は入れるように造ったから安心しな」 「ふーん」 気の無い返事を返したエルザだったが、表情を見れば浮かれているのが良く分かる。 話だけをすると相応の年齢を感じさせるが、表情や行動を見ていると子供が背伸びをしているようにしか見えない。 そんなことに気が付いて、フーケは自然と笑みを浮かべた。 それぞれに着替えを手にして、フーケたちが家から出て行く。 風呂場は裏手にあるらしく、着替えはそこで出来るようだった。 ティファニアの胸を直接見てやると意気込むエルザに、困った様子を見せるティファニア、暴走しかけるエルザを止めるフーケとその後ろで黙々と歩く地下水。 どことなく、仲の良い家族を思わせる光景だった。 だが、彼女達は忘れていた。 今ここで、ケダモノが一匹聞き耳を立てていたことを。
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オーシャチ産 誕生年 馬名 国 性 札 SP ST 力 瞬 勝 柔 精 賢 健 サブパラ合計 気性 芝 ダ 芝質 脚質 成長型 成長力 距離適性 子出 毛色 性格 高 長 小 左 右 脚 喉 腰 特性 ウマソナ 父馬 父系 母馬 牝系 1971年 アイアンハート 日 牡 66 50 E E C E+ E A C 45 大 ◎ ◎ 6-8(5-8) 先行 普遅 持 1700~2300m 3 栗 従順 普 普 二の脚 甘えん坊 オーシャチ ゲインズボロー系 アキリュウ